選考委員による総評

総評2022

  • 柴田久
    福岡大学工学部社会デザイン工学科 教授
    景観・デザイン委員会 デザイン賞選考小委員会 委員長
    土木デザインの評価軸
    2022年度は総数30件のご応募を頂き、本賞22年間の歴史のなかで5番目に多い応募数となった。7月23日の第一次書類審査によって総数30のうち23件が第二次審査対象として選定され、一作品に対し複数の審査委員が現地に赴く実見期間に入った。その後、10月26日に行われた第二次審査会にて、各委員の実見報告をもとに約10時間に及ぶ議論が行われ、最終選考の結果、最優秀賞3件、優秀賞7件、奨励賞7件が決定した。惜しくも選外となった作品を含め、ご応募いただいたすべての皆様ならびに本賞に協賛いただいた団体各位に心より感謝を申し上げたい。
     委員長を拝命して1年目、身の引き締まる思いであったが、書類審査の段階から応募数の多さに加え、その多様さ、全体的な作品レベルの高さに一層の重責を感じるスタートだった。他のデザインアワードと異なる本賞の特徴は、やはり審査員の「実見」を踏まえた合議による選考だろう。今年度も応募書類に書かれた作品のポイントを精読したうえで、実際に現地を訪れ、想定される様々な評価軸と可能性を自問自答し、その成果と課題を熟考する。完成までの期間が長く、範囲も規模も大きい土木の仕事はチーム戦である。故に応募されたデザインの実現に貢献した人々の存在や体制にも留意しつつ、慎重かつ丁寧な審議が重ねられた。以下、総評として審査上の論点となった評価軸について報告したい。
     まずは、やはりクリエイティブかどうか、土木デザインの「創造性」に対する評価である。対象地の難題を解決しつつ、土木デザインによってこれまでにない新たな価値や人々のアクティビティの広がりが創出されているか、審査員に通底した評価軸だったように思う。特に今年度も、災害に対する計画や事業の成果が寄せられ、被災エリアの防災力向上と地域の復興を目指す土木デザインの成果が集まった。防災に資する整備であるとともに、守るべき風景体験や周辺に住む人々の暮らしを「被災前よりも豊かにしたい」という意思が土木デザインの創造性としてどう提案され、達成されたのか。頻発化する自然災害の時代に向け、土木デザインの可能性を見据えた議論であった。
    次に挙げられるのは、土木デザインの「一体性」に関する評価である。成し遂げられたデザインの形態的なクオリティの高さが個別要素だけでなく、全体的な一つのまとまりとして達成されているか、実見したからこそ議論できる重要な評価軸となった。無論これは色が揃っている等の統一性の度合いを単に判断しているわけではない。対象地の地形や場所性を活かしながら、目指すべき土木デザインの領域をどこまで一体化させ、成果に繋げているかが吟味された。また対象地が地続きである以上、一体性をつくり出すには、様々な境界部をどのようにデザインするかが問われる。土木デザインによって創り出される空間の広がりや繋がり、周囲への波及効果の可能性を問う議論が展開された。
    最後は、積み重ねられた「時間への敬意」である。ここには優れた土木デザインを達成するために続けられた努力のそれと、長い時を経て培われた事物に対する土木デザインの姿勢や真正性への配慮という2つの意味合いがある。前者は言うまでもなく、土木のデザインが多岐にわたる調整・協議を必要とし、携わった設計者、技術者他がいかなる対話プロセスでどのようなハードルを越え、遂行していったのか、その苦労や大変さも推察された。後者は歴史を知るうえで重要な風土や遺構をどのように捉え、良質かつ洗練された土木デザインの創意工夫によって、本物の価値が伝わる保全・活用に到達しているかが焦点となった。
    最優秀賞を受賞した川原川・川原川公園、アクリエひめじ及びキャスティ21公園、白川河川激甚災害対策特別緊急事業は、これらの評価軸から卓越した作品として高く評価されたものである。ここでは紙幅の関係上、個別に言及できないが、優秀賞の作品は勿論、奨励賞作品のどれも今後の土木デザインの発展に寄与するものと評され、最大限の敬意と祝意を送りたい。来年度も土木デザインの可能性を広げる評価軸との出会いを祈念し、皆様からのご応募を心よりお待ち申し上げる。
  • 篠沢 健太
    工学院大学建築学部まちづくり学科 教授
    小さな「土木」の群れ
    今年度、初めて審査に参加した。専門は ランドスケープデザインだが、私の分野に近い応募が多数あることにまず驚いた。
    かつて私たちランドスケープ分野の者にとって土木分野はダムや堤防など、巨大で抗いがたい存在であった。今回、審査に参加して、大きな土木に対する「小さな土木の群れ」を感じた(本稿が建築家小嶋一浩の著作「小さな矢印の群れ」にインスパイアされているのはいうまでもない)。小さな構造物や小さな技術的な創意工夫など、巨大な土木の「間」には、自然やランドスケープが介在する可能性はまだまだあるのだと。反面、自然環境や土地の履歴が「大きな土木」の構造や計画にも大きな影響を及ぼした鳴滝ダムには大変驚かされた。
    自然環境を読み取り、土地に応じて適切な技術を適用することが土木の根本であることも再確認した(河川工学者、安芸皎一は「河相論」で自然を読み取る土木を示唆していた)。土地の読み取りについては、土木も私の専門も同じ方向を向きうることは、自分自身の研究を通して実感してきた。
    これに対し、今日のランドスケープ分野の「慌てっぷり」には自省の念もある。(なんでも引き寄せてしまう)グリーンインフラの「運動論」を展開する前に、やらなければならないことを痛感した。安易なグリーンxグレイの対立構造ではなく「読み解きは共通で、優れた土木デザインの先にグリーンもありうる」という視点から、自然環境の構造に基づく解決を見据えたい。
    一方で土木と経済活動の関係については、今回、明確な答えを出せなかった。既存インフラを改善し、資本回収を図る経済活動にも土木資産となりうる可能性はあると思うが…。
    引き続き、優れた作品と向き合いながら、学ばせていただきたいと思う。
  • 千葉 学
    東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 教授/千葉学建築計画事務所
    何をデザインするのか
    土木学会デザイン賞の審査を3年間努めさせていただいた。その間、日頃接することのない領域における計画に出会えたことは新鮮な経験であったし、また審査の場において、他領域の専門家の方々と交わした議論も、貴重な時間であった。このような場を共有できたことに、まずは感謝したい。
    毎年何を感じ取っていたのかと、改めて過去の総評を振り返ってみたが、そこで主張を繰り返していたのは、大きく2点あった。一つは、土木デザインか否かという領域間の線引きは、職能としてはあるとは言え、実空間では目に見えるものではないということ。もう一つは、自然の様相を炙り出すことこそがデザインだということだ。その思いは、今年も変わることはない。自然との関係性の中で、圧倒的な必然性を持ったデザインこそ、この賞で表彰すべきだと思うからだ。しかし今年は、あえて線引きするような言い方をすれば、建築的な、そしてテーマパーク的な計画が増えたという印象を持った。このことをどう捉えたら良いだろう。そこには、この賞が対象とする領域において、デザインへの意識がこの3年の間にも高まったということがあるだろう。あらゆるスケールのあらゆる構築物がデザインの対象として見出されたということだ。そのこと自体は、歓迎したいし喜ばしい。しかし一方で、この領域が扱うスケールの圧倒的な規模故に、そこが全てデザインし尽くされれば、テーマパーク的な印象を引き寄せてしまう危険性と隣り合わせであることは、十分に意識されていい。何をデザインし、しないのか。何を他者に、自然に委ねるのか、その慎重な見極めこそが、その圧倒的な必然性にとって不可欠な判断だからだ。このことは未来の応募作に期待して、審査員を終えたいと思う。
  • 中村 圭吾
    公益財団法人リバーフロント研究所 主席研究員
    「消す」デザイン
    土木デザインは、「地」のデザインである。そのため、いかにその存在を見えなくさせる、さりげなくさせる、いわば「消す」デザインが必要とされる。今回、実見に関わった東北被災地の2つの事例では、「高さを消す」ことが大きな課題であった。海辺や水辺と一体となった生活がしたい地元の要求と安全と言う土木の機能の矛盾をデザインの力でどう克服するか。川原川や気仙沼の例は考え抜いた事例であり、ここまでできるのか、と感心する一方、周辺に多数存在する高い壁面の防潮堤をみると、必要性は十分理解しつつも、陰鬱たる気持ちになる。環境問題で象徴的に取り上げられるものとして「ダム」があるが、技術的理想の到達点は「ダムを透明人間化する」ことと考えている。つまり、必要な機能以外の自然環境への影響を極力消す工夫である。ダムはひとつの環境フィルターである。そのフィルターとしての機能を洪水、利水、発電など必要なものに限定し、普段や中小洪水の流量やそのパターンは変化させない(人工出水)、流入水と流出水の水温は変化させない(選択取水)、本来流れていた土砂は同じ量と質を下流に流す(土砂バイパス・置き土)。理想には遠いが、すこしずつダムは透明人間化している。川づくりにおいても、デザインのポイントは「つくらない」「みせない」「目立たせない」の順で必要性を考えつつ、工夫することである。すべての土木技術者がもう一度立ち止まって、「消す」デザインを意識することで「地」のデザインとしての土木デザインの質が向上するのではないだろうか。
  • 星野 裕司
    熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター  准教授
    問いを内包すること
    2年目の審査が終わった。応募作品それぞれ,良いデザインや場所であることに異論はないが,はたして土木学会デザイン賞として評価すべきかどうか,という議論が去年にも増して多かったように思う。一つには,土木学会デザイン賞が広い分野に認知されてきているということだろう。しかし,議論はやはり難しい。橋,ダム,川,道路など,そもそも異種格闘技的な側面のある土木学会デザイン賞において,その側面がより強くなってしまうからである。では,何が受賞を分けるのだろうか。デザインとは,様々な課題に対するデザイナーたちそれぞれの答え,ソリューションであろう。その答えに私たち利用者が納得できること,これが優れたデザインの必要条件であり,応募された作品の多くはこの水準を十分に満たしていたと思う。では受賞の十分条件となるような,利用者や私たちの心を動かすようなデザインとなるためには何が必要なのか。答えである以上,問いがあるはずである。おそらく,この中に,土木というものに対する問いが含まれていたかどうか,達成されたデザインの中に,そのような問いが内包されていたかどうか,この点が議論を分けたのではないかと感じている。土木を構造物の種類,いわばモノとしてしまえば,比較的議論は簡単である。しかし,土木というコトと捉えると,急に難しくなる。公共性や日常性なのか,環境や周辺への影響なのか,あるいは,国土という広い視野に立つ空間性や,長い射程を持つ時間性なのか。私自身もそのような問いの渦中にいる。そのような意味で,今年の審査会は,自分自身も問われるとともに,作品を通して様々な同志と出会えた,貴重な時間であった。応募された方々への感謝を持って私の総評としたいと思う。
  • 松井 幹雄
    大日本コンサルタント株式会社 執行役員 技術統括部 副統括部長
    無言のメッセージ
    土木デザインは、そこに存在し、その場に繋がる全ての人々への「無言のメッセージ」だと認識しているが、今回は、その価値評価に悩んだ。
    ありていに言えば、目の前にある具体デザインの価値が顕在化していなくとも、そこに至るプロセスに埋め込まれた、次世代に繋がる無形の「未来の可能性」の評価に悩んだのである。両方満たしている事例は、すんなり優秀賞以上の評価が合意されたが、どちらかが不足している事例の議論が熱かった。結論としては、「未来の可能性」を重視することになったが、審査会終了後、時間が経つにつれて、それこそが土木デザイン賞の存在意義と再認識している。インフラ整備の要諦は「未来への投資」だから、当然ではあるが、ともすれば我々自身が表層の印象に影響を受けやすいこともあるので、時間をかけて議論して評価する手続きの良さを実感した審査会でもあった。
    応募事業ごとに企画設計段階におけるステークホルダー参画の規模感が異なるが、図らずも最優秀賞の2作品は災害復興事業で、多くの関係者の関与が示されており、合意形成の苦労がそのまま「無言のメッセージ」の形成に昇華している点が高評価であった。一方、気仙沼の案件は、市民自らが事業者側に代案を提示し、それに応える形で事業が展開されたことが窺えた。インフラが行政から一方的に与えられるものではなく、市民自らが選択肢を考え取捨選択するようになっていく未来の姿はまだ見えない。しかし、その未来を引き寄せる土木デザインの可能性に、大いに勇気付けられたのであった。
    多様な応募作品のおかげで、今回も土木デザインの可能性が拡がったように思います。応募者の皆様に深く感謝いたします。ありがとうございました。