選考委員による総評

総評2024

  • 柴田 久
    福岡大学工学部社会デザイン工学科 教授
    景観・デザイン委員会 デザイン賞選考小委員会 委員長
    時代の変化と
    土木デザインの役割
    改革が叫ばれる経済財政運営、気候変動に伴う災害の激甚化・頻発化など、今日、我が国は様々な変化に直面している。土木工学の領域においても、今後どのような変化が求められ、対応していかなければならないのか。整備されるインフラの条件や基準の見直し、強度や規模、材料の制約といった形自体に関わる変化も余儀なくされるかもしれない。そうした時代の変化を見据えるかのように、2024年度においても卓越した土木構造物や公共空間のデザインが本賞の受賞に輝いた。惜しくも選外となった作品を含め、まずはご応募いただいたすべての皆様、本賞に協賛いただいた団体各位に心より感謝を申し上げる。
    今年度は総数19件のご応募を頂いた。8月1日に行われた第一次書類審査によって総数19のうち、15件が第二次審査対象として選定され、一作品に対し複数の審査委員が現地に赴く実見期間に入った。10月24日に行われた第二次審査会では、各委員からの実見報告をもとに約9時間に及ぶ議論が行われ、最終選考の結果、最優秀賞2件、優秀賞8件、奨励賞2件が決定した。
    今年度においても、やはり永遠のテーマともいうべき「土木デザインとは何か。何をどのように評価すべきか」について、各審査委員から忌憚のない意見が出され、熱い議論となった。以下、審査のなかで挙がっていた主要な論点を総評として報告したい。
    第一点目は、周辺エリアとの関連性からみた評価の是非である。応募された作品が周囲といかに繋がり、あるいは周辺エリアへの影響や河川、道路といった連続して形成されるインフラ・システムの中でどのような価値を持つのか、丁寧に推し量る議論となった。本賞では作品の審査範囲を明確にして頂く決まりがあるが、審査範囲の実見後、上述した周辺との有機的な関係性や波及効果の可能性について意見が分かれる作品も少なからずあった。範囲内の完成度に加え、周辺エリアとの調和や及ぼされるインパクトは、豊かな公共性が求められる土木デザインの重要項目といえよう。
    第二点目は、その完成度の高さと実現に至るまでの取り組み、労力についてである。デザイン賞なのだから、当然、応募された作品の技術と造形の卓越した点はどこにあるのか、作品毎に吟味する審査が行われたことは言うまでもない。その実現に至るまでの様々な困難をどのようにクリアしていったのか、関係者の創意工夫がデザイナーの心意気として伝わってくる作品が多かった。一方で全体的なフォルムの美しさに加え、それが地域の風景のなかでいかに佇み、住民の自慢したくなるようなランドマークになり得ているかも実見時の重要な報告事項となった。規模の大きい傾向にある土木のデザインにおいては圧迫感等が問題視されることも多く、解決を図るディテールへの拘りや工夫の徹底さに脱帽の思いを抱かせる作品もみられた。
     第三点目は、デザインのモチーフとなった歴史のとらえ方である。その土地固有の歴史や文化を理解し、継承を目指す土木デザインの方向性に異を唱える人は少ないだろう。しかし、大都市などの変化し続ける場所において、新たな利用や価値を生み出そうとする土木デザインの現場では、上記歴史や文化をどのように捉え、洗練されたデザインとして昇華させられるか、極めて難しい作業といえる。審査委員間でも見解や評価の分かれる作品がいくつかあり、表層にとどまらないデザインへの履歴・歴史の活かし方について、白熱した議論が展開された。
    以上の論点を含め、後述される講評からも、受賞した12作品が優れた功績を有し、高く評価されたことがお分かり頂けるだろう。受賞された関係者の方々に対し、心より祝意と敬意を表したい。すべての審査を終え、改めて冒頭の問いに対して思うことを述べ、総評を閉じたい。それは土木が、時代の変化に対応できるよう積極的な変化を模索するとともに、逆に変わってはいけないもの・ことを追求し続けることの大切さである。これまでもこれからも、安全安心は勿論、暮らしの豊かさを提供し、自分たちが住む地域への誇りと愛着を促し、いつしか人生の幸せを実感してもらえる、その舞台づくりこそ、土木デザインが担うべき変わらない役割と言えまいか。
  • 泉 英明
    有限会社ハートビートプラン 代表取締役
    できるまでとできてから
    今年は3年目。毎年20件程度もの作品に出合い、デザイナーの方々や選考委員関係者にお会いできた。応募者や関係者の皆様に感謝します。
    この3年間で、土木構造物から広場、建築まで幅広い作品がエントリーされ、また行政発注だけでなく純民間や官民連携でつくられた空間、災害復興案件や既存空間のリニューアル案件など、ジャンル、整備・運営主体、再編の背景などの多様性が増している。できるまでのプランニングや空間デザインに加え、維持管理や使われ方のデザインについては本来時間軸を加味したい視点であり、民間の知恵や主体性が活かせる所でもあり、評価が難しい面もあった。竣工後の持続的な維持管理と活用の主体・財源、それを実現するチームビルディングや事業の意志を継承する意思決定の枠組み、地域の愛着や周辺エリアへの波及など、土木の神髄である時間の蓄積に耐えるデザインの要素は一定時間を経て評価されてもよいと感じた。
    土木とは、皆が使えるパブリックなもので、主張しすぎず周辺環境と調和していて、長い時間かけて利用され修繕される。よいデザインであればあるほどそれを使う人々は違和感なく生活に溶け込んでいて、誰がどのような思いでどうデザインしたか知る由もなく、世の中の縁の下の力持ちのような存在だ。そのため、デザインに関わる関係者は、ともすれば目立たない存在であることが正とされ、誰が関わっても違いが分かりにくくなりがちであるが、それを評価の指針を提示し議論を重ね、技術者を顔の見える形で表彰し引き上げ、世間や次世代のデザイナーにその価値を伝えていく。この活動そのものがパブリックだ!自分も今までの議論を糧にして豊かなパブリックづくりに関わっていきたい。
  • 太田 啓介
    株式会社オリエンタルコンサルタンツ 都市政策・デザイン部 副部長
    デザインプロセスと展開
    多岐にわたる多くの応募作品を実見しながら、デザインそのものの質の高さに目を見張るとともに、私自身日々土木デザインに取り組む中で直面する課題を想起し、各作品が乗り越えてきた工夫や苦労を想像しながら審査に臨んだ。
    土木デザインは複合的で関係者も多く長期に渡るため、質の高いデザインを実現するには様々なハードルを乗り越える必要がある。形状、色彩といった物理的なデザインはもちろん、事業範囲や条件設定、コンセプト・デザイン検討、図面化、現場確認といったプロセスや体制構築、地域におけるデザインの蓄積や許容力も、質の高さに関わる。特に大規模で複合的なプロジェクトは、行政を含めたチーム全員が同じ方向で臨み相互に調整しないと実現できない。
    最優秀のSAGAサンライズパークは、従前から戦略的にデザインを推進してきた地域の取組を下地として、関係者が多くの調整を積み重ねた末に実現した優れたトータルデザインであり、土木デザインの目指すところとして高く評価したい。
    一方で、応募範囲が限定された作品についても、敷地内に留まることなく周辺の道路や河川、建築などに一体的なデザインと利活用ができるよう働きかけるプロセスを評価した。一般的なディテールに留まる作品や小規模で創造的な作品では、今後の土木デザインのあり方を示唆するものや行政や関係者の経験が周辺の地域に波及しつつあることを評価した。
    幅広い分野を横断できる土木デザインだからこそ、デザインの洗練だけでなく、事業化や配置関係、周囲との調和や機能・技術の統合などの計画プロセスから創意工夫するとともに、質の高いデザインの実現を通した知見や経験の積み重ねにより地域全体の公共空間の質の向上に展開していくことを期待したい。
  • 久保田 善明
    富山大学 都市デザイン学部 教授
    次なる時代への扉を開く
    本賞の初期の受賞作から今年の受賞作まで24年分を改めて眺めてみると、ここ数十年の日本の土木デザインの実践の軌跡を見てとることができる。土木デザインの対象範囲だけでなく、評価や実践のあり方も緩やかに変遷しながら、しかし確実に進化してきたように思う。受賞作に限らずとも、全国的な潮流として確実にわが国の国土の景観をより豊かなものにしてきたように思う。これまでの多くの方々の努力に心より敬意を表したい。そして今年も多くの力作が応募されてきた。橋、ダム、水辺、道の駅、駅前広場、公園、スポーツ複合施設など、バリエーションも豊富である。なかでも、橋が高く評価されたことに注目したい。橋はこれまで最も受賞作が多いメジャーな分野であった一方、近年は最優秀賞が出にくい分野でもあった。構造物単体のデザインで最優秀賞がとれる時代ではなくなってきたという側面もあるかもしれない。しかし今年、最優秀賞に選ばれた気仙沼湾横断橋や栄光橋(SAGAサンライズパークの構成要素)は、もちろん周辺景観との調和がしっかりと図られたうえで、いずれも単体のデザインとして非常に完成度が高かった。完成度の次元がこれまでよりも一段高くなったようにも思う。最優秀賞となるべき橋のデザイン水準について、現時点の規範を示すかたちとなった。本賞の審査対象となるのは竣工後1年以上が経過した作品である。今回の受賞作の多くも、設計は数年前から最長で10年以上も前である。当時の設計の最前線で考えられていたことが、今、ようやく見るべき作品として私たちの眼前に姿を表している。ということは、今まさに進行中のプロジェクトにも、私たちがまだ見ぬ時代への扉を開きつつあるものもあるかもしれない。いや、その思想と実践の萌芽はきっとすでに現れている。それらが近い将来、私たちにどのような風景を見せてくれるのか、それも今から楽しみである。
  • 篠沢 健太
    工学院大学建築学部まちづくり学科 教授
    土木の矜持に直面して
    審査委員最終年度である。審査員という立場を隠して作品との向き合う本審査は、担当者が十二分な説明をする他の審査とは比べて特異的である。当然、応募者側には説明し足りない想いも残るだろう。一方、審査委員は一般市民と同じ目線に立って作品を体験する。深読や誤読すら許されうる、本審査の懐の深さでもある。しかし同時に審査員は「試されている」。土木とは?建築とは?都市デザインとは?そして、ランドスケープデザインとは?常に問い質されていた3年間であった。

    特に今回、土木の「本質的なこと」への想いを強く感じた。作品が並んだとき、「それがなくて成り立つか?」の問いに対し、背後にある生活に直結する重みや命を守ることに関わる切実さへの想い…。ランドスケープはときに「あるといいながある」立場から「豊かさ」を標榜し、イメージで表現したりする。私はそれはあまり好きになれない。
    「あれば豊かだが、なくても良いもの」として却下されるのでなく、もっと切実にありたい。土木が有する「ヒリヒリ」した切実さとの距離を詰めていかなければならない反省と危機感を抱いた(すでにある分野、例えばグリーンインフラの議論などでは、半歩以上お互いの領域に踏み込んでいる)。

    もちろん正面から競うことを目指すのではないだろう。私たちは説明して理解・納得してもらい共感してもらうために、ストーリーを語り、信頼感を得なければならないと思う。私の分野が土木と肩を並べる明日が来て欲しいと信じているし、そのためにも努力を続けたい。

    担当は今年で最後であるが、3年間多くの優れた作品群と向き合う時間を頂き、委員のみなさんとの議論に多くのことを学ばせていただいたことに感謝したい。
  • 栃澤 麻利
    株式会社SALHAUS 建築家
    領域を越えられるか
    昨年に引き続き審査委員を務めさせていただいたが、専門領域が多岐に渡り、審査対象作品が多様で、改めて土木デザイン賞の奥深さと評価の難しさを実感した。
    今年は応募数こそ多くはなかったが、作品の質は総じて高かったと思う。今年の審査を通して私が考えたのは、デザインの「領域」についてである。プロジェクトには、建築、外構、橋梁、河川などの専門領域や敷地境界線や道路境界線のような境界が存在する。また、発注者や設計者といった立場の違いも、ある種の領域や境界であると言えるだろう。分野、領域、立場を超えて議論し、境界を超えてデザインを検討してプロジェクトを進めていくことは、特に関係者が多い土木デザインの世界では困難を極めるのではないかと想像する。加えて、業務効率が求められる昨今、領域や境界の内側のみで業務を完結させることもできるし、そちらの方が主流なのかもしれない。しかし、公共性が求められるデザインにおいては、デザインの視点をいかに広げて考えられるかが重要ではないだろうか。プロジェクトの過程において明確に存在している領域は、完成後には見えなくなり、年月とともに、人々の当たり前の日常風景を構築する。その当たり前の日常が少しでも豊かなものになるために、デザインに何ができるのかが問われているのではないかと思う。
    今回高く評価された作品は、いずれも領域を超えるデザイン試行がなされているものであり、スケールを伴ったデザインは、建築専門の私にはとても刺激的で羨ましく思えるものが多かった。これらを実現に結びつけた関係者の尽力には大いに敬意を表したい。
    このような賞の審査や評価を通して、領域を超えてデザインすることの価値が多くの関係者に理解され、土木デザインの発展につながることを期待している。
  • 中村 圭吾
    国立研究開発法人 土木研究所 流域水環境研究グループ長
    オープンデザイン
    デザインとはこれまであまり縁のない世界にいたが、川の専門家ということで、期せずして土木デザイン賞の選考委員という貴重な機会を得た3年間だった。審査ではいつも、土木デザインとは何か、ということを考えさせられる日々であった。土木デザインの特徴を考えると「オープンデザイン」という言葉が浮かぶ。自動車や建築物といったデザインと比較するとデザインの輪郭があいまいで、広く開かれている。オープンさには「空間的」「時間的」「社会的」の3つが存在している。「空間的なオープンデザイン」は、ある種の結界を張ることによって、その空間を特別なものにしつつ、その場所自体は開放的で外に対して開かれているようなデザインである。これだけのことで、こんなに変わるのかという驚きがある。「時間的なオープンデザイン」は、自然相手のように時間的な変化が大きいデザインである。特に川はその変化が激しく、ある意味デザインすること自体難しく、自然との共同作業(design with nature)にならざるを得ない。自然を読む力、あるいは読めなかったゆえの偶然性も作用するデザインである。「関係性のオープンデザイン」は、地域社会との関係性(しくみ)も含めてデザインするものである。ここまで来ると「編集力」に近いものかもしれないが、その中核に施設などのデザインがあり、関係性を触媒する。特に近年、まちづくりなど「しくみ」のデザインの比重が大きくなっている。
    今年もそのような土木デザインならではの多様なオープンデザインに触れることができた。いっしょに楽しんでいただければ幸いである。