佐賀県佐賀市富士町小副川、畑瀬
洪水調整、河川維持用水の補給、かんがい用水の補給、都市用水の補給、発電
国土交通省九州地方整備局が管理する嘉瀬川ダムは、堤体高99m、堤頂長456mの重力式コンクリートダムであり、ほぼ全長に渡って越流部を設けた全面越流式が採用されている。嘉瀬川の治水、白石平野の農地約9,000haに対する灌漑等を主目的としており、2012年3月に竣工した。
2002年にダム本体とその直近部分の景観検討を目的に、嘉瀬川ダム工事事務所が「嘉瀬川ダム本体景観検討委員会」を組織し、その下に「堤体景観検討ワーキング」が設けられた。4年間で合計21回開催された同ワーキングでは、古賀憲一(佐賀大学教授)、丹羽和彦(佐賀大学教授(故人))、樋口明彦(九州大学准教授)が専門家として参加し、嘉瀬川ダム工事事務所、設計担当の鈴木正美(八千代エンジニヤリング(株))等とともに、ダム本体及び管理庁舎を含む直近の施設について具体の景観検討を実施した。事務局は国土交通省嘉瀬川ダム工事事務所が担当し、財団法人ダム水源地環境整備センターがそれを補佐した。
全面越流式堤体の圧倒的な存在感が本ダムの最大の景観的特徴であるが、嘉瀬川ダム工事事務所から提示された当初設計案では、選択取水塔、予備ゲート操作室等の様々な付属施設が、ダム全体のまとまり感を乱すノイズとなってしまっていた。景観検討の作業では、主要付属施設のボリューム・形状・配置を機能的に最適化すること、主要付属施設の質感をダム本体のそれに揃えること、機能と無関係な形態操作や意匠を排除すること等により、機能に忠実なダムの姿に近づけることに力点を置き、その結果として周辺の美しい自然風景の中に質実かつ控えめに存在するダムとなることを目指した。
竣工後5年が経過し、竣工当初の白々しい印象は薄れつつある。コンクリート表面のエイジングや周囲の植生の成長など、時の経過を味方としながら、自然の中にひっそりと佇む表情が成熟していくことを願っている。
今、ダムがブームである。2007年から始まったダムカードで火が付き、現在は国も工事段階から観光に活用するダムツーリズムに積極的だ。土木事業が国民に好意的に認知されるために、観光や景観・デザインは重要な役割を果たしている。
嘉瀬川ダムの第一印象は、“コンクリート重力式越流型ダムの理想形が誕生した”であった。これすなわち、設計者が言う「機能に忠実な姿の追求」、「機能と無関係な形態操作や意匠を排除」の完璧な成果である。国道323号の沿道植栽の隙間が、本ダムの良好な視点場である。そこから“天端道路を支える橋脚が全長にわたり均等に配置された”全面越流式の堤体が一望できる。一般にバラバラと出現する付属施設群は、その必要機能を咀嚼して最小化・形態調整され、橋脚のリズム感等を阻害しない位置に配置されている。実はこれらは、決して機能追求のみでは実現しない。堤体や施設の構造と、造形センスを併せ持つ技術者のみに実現できる特別なデザインなのである。
それにしても堤体以外の湖畔空間や橋梁・トンネル等の道路施設は、景観に無配慮なのが残念である。この受賞を機に、ダムカードの堤体下の視点場やダムの駅など、ダム周辺を観光目線で再整備しては如何であろうか。(高楊)
全面越流式の堤体がそびえ立つ。ダム天端の管理橋を支えるピアが均等に配置されていて、下流側から見た姿は美しい。下流側面から見るとシャープなピアが連続し、その重なりもまた美しい。ピアの均等配置による越流部の分節が、コンクリートの巨大な塊であるダム本体にいいリズムを与えている。
当初設計では、選択取水塔や予備ゲート操作室、エレベーター塔屋などの主要付属施設が、個別に設計・配置されているためにダム全体の景観的なまとまりがなかったという。当初案と最終案を比較した図面を見ると、その違いは明確である。設備や操作室スペースをコンパクトにするなどして、バランスのとれた大きさの構造物に変更し、均等配置したピアの間隔にすっきり収まるようにデザインされている。設備関係やメンテナンス関係担当者との粘り強い議論を経て実現できたダム本体のデザインである。
管理庁舎や予備ゲート室の駆体は、ダム本体と同じ質感の現場打ちコンクリートとしている。建築的ではなく、どっしりとした感じである。評価は分かれたが個人的にはきらいではない。設計範囲に含まれる入口の芝生広場は殺風景で魅力に乏しいように見えた。もう少し工夫できたのではないか。残念に思った。(吉村伸)
※掲載写真撮影者は左から1枚目が国土交通省九州地方整備局