選考結果について

最優秀賞

アザメの瀬 湿地の転生Azamenose Wetland Regeneration

佐賀県唐津市相知町
河川、氾濫原湿地、水田

アザメの瀬は、氾濫原的湿地の再生と人と生き物のつながりの再生を目標として、整備された再生湿地である。松浦川河口より15.6km地点に位置し、延長約1000m、幅約400mで面積約6haを有し、冠水頻度や大きさの異なる6つの池、その周りの湿地、学習田、松浦川本流とつながるクリークからなる。当事業は駒鳴と呼ばれる上流地区の改修(蛇行部のショートカット)により洪水頻度が上昇するアザメの瀬地区の水田を河川区域に編入する事業であり、当該地区を用地買収し、川幅を広げ約5m地盤高を掘削することによって治水機能を発現させ、合わせて湿地環境の再生を行った。
アザメの瀬の特徴は、河川のダイナミズムにより再生された美しい自然風景と、人と自然の関係性の紡ぎあいの結果としてつくられ変化を続ける風景である。その実現には、①地域地と科学知を融合させた自然再生手法と②持続的なコモンズ形成へ向けた合意形成・ガバナンス手法を大切にした。①に関しては、科学知として、当該地の詳細な地質調査に基づき千年前の自然堤防と後背湿地の地形を目標とし、春出水で水がアザメの瀬に入る高さの地盤高を再生することにより、土砂や生物が運ばれ自ずと自然が再生されるという基本概念に基づきデザインした。さらに地域知として、様々な条件の池が豊かな生物相を育む、霞堤方式で洪水を導水し上流に水害防備林の竹を植えないと湿地が荒廃する等といった地元地域の提案を採用した。②としては、自然と人との睦み合いとにらみ合いが継続し、自然と人が関係しあい風景を作り出す舞台としての計画、設計、維持管理のための合意形成、ガバナンスの仕組み、子供が関わることにより持続性を担保するデザインを心掛けた。中村良夫(2007)が御所沼の設計手法でいう「コモンズとして、つまり人々に共有される人生の舞台として、暮らしの記憶を積み重ねていくにはどうしたらいいのか」に類似する、持続的なコモンズ形成概念を大切にした。

《主な関係者》
○島谷 幸宏(九州大学大学院工学研究院教授)/コンセプト立案、設計・施工指導、合意形成、ワークショップの立ち上げ運営、ソフト計画の立案
○林 博徳(九州大学大学院工学研究院助教)/竣工後の民官学連携活動の実践、環境学習教室の開催、生物モニタリング、アザメの瀬図鑑の作成
○品川 幸司(国際航業株式会社 佐賀営業所)/実施設計
○和泉 大作(株式会社建設技術研究所 九州支社)/実施修正設計
《主な関係組織》
○九州大学流域システム工学研究室/環境学習の実践、生物モニタリング、イベントの運営補助、利活用についてのアイデアの提供
○武雄河川事務所/事業主体
○NPO法人 アザメの会/検討会の主体となって、アザメの瀬のデザインや利活用の検討
○国際航業株式会社 佐賀営業所/実施設計
○株式会社建設技術研究所 九州支社/実施修正設計
《設計期間》
2003年11月~2005年3月
《施工期間》
2002年10月~2008年3月
《事業費》
802百万円
《事業概要》
面積:6.0ha 延長:約1000m
立地環境:氾濫原湿地、水田
主要施設(主要事業):河畔林整備、管理用通路、観測施設、湿地、学習田
《事業者》
国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所
《設計者》
国際航業株式会社 佐賀営業所
株式会社建設技術研究所 九州支社
(設計協力者)
NPO法人 アザメの会
九州大学流域システム工学研究室
《施工者》
神埼産業株式会社
株式会社戸川組
黒木建設株式会社
石堂建設株式会社
唐津土建工業株式会社
将栄建設株式会社
株式会社内山組 
(施工協力者)
NPO法人 アザメの会
唐津市立相知小学校
唐津市立相知中学校

講評

施工後10年を経ての応募、受賞である。このプロジェクトの真価が発揮されるには、それだけの時間を要した。人と自然とのたゆまぬ営為の蓄積。しかしそれは想像が難しい。今、眼の前にある風景が、あまりに自然で意図や作為が感じられないためである。だがこれは紛れもなく強い意志によって人が作り出した風景である。
人が介入する以前。耕作が始まったころ。整形された水田。そして治水事業としての氾濫原湿地の再生。千年単位の風景の変遷に私たちはここで向き合う。それはとりもなおさず、人と自然、人と環境の関係をどう捉えるか、その構えを問うてくる。
上流側の学習センターと下流側の駐車場という絶好の視点場から、遠景の山並みとこの場所の全貌が見渡せる。瀬の中では、埋没したクリークや、エッジが常に変化する池にそって迷路のように巡り、上池に突き出した桟橋から絵のように差し出された水辺の眺めに魅了され、棚田に人里の香りを嗅ぎ、草刈りの痕跡に感謝し、生き物の影をそこここで探す。こうした俯瞰とシークエンス、ワイルドと人の手が混在した奥行きの深い風景体験がここにはある。変化する時の流れのほんの一瞬に過ぎないその体験は、自然とはなにか、人とはなにか、生命とは、作るとは、生きるとは、そのための仕事とは、と無数の問いを投げかけてくる。そしてアザメの瀬は答える。「私たちの答えはこれだ」と。その自信にみちた、しかし包容力のある答えは、子ども達の、大人達の緊張の糸をほぐし、言葉になる以前の何か大切な感覚を身体にしみこませる。現代社会に最も必要な場である。(佐々木)

きっかけは、治水対策である。堤防の整備などいくつかの案が検討されたが、水田用地全体を河川区域に編入するという選択がなされた。一般的には遊水地と呼ばれるが、通常とは異なり「氾濫原的湿地の再生」と「人と生き物の繋がりの再生」を目的とした自然再生事業としてとして実施されたことが大きな特徴である。こう言うと「ああそうか」となんとなく分かった気になるが、合意形成の困難さを思うと画期的なことだと気づく。
「人間のための田んぼを川(自然・生き物)に返そう」という次元の地元合意なのである。人間と自然との関係性の次元で、徹底したボトムアップ型の話し合いを通じて地元合意がなされた。それなくして、この事業は成立していない。そのプロセスに思いをはせたとき、この作品のすごさが分かると思う。それは、計画の合意形成過程だけではなく、整備のあり方や整備後の関わり方を含めて今日まで持続している。2001年から住民主導で始まった「アザメの瀬検討会」は、2017年度で135回を数え、九州大学と連携した環境学習教室も2017年で10回目を数えるという。九州大学は偉い!
現地に立つ。完成から間もない2007年、あのころはやっと植生が回復し始めた時期だった。あれから10年。ヤナギが繁茂するなど植生が豊かになり、より自然的で、かつ人間的な親しみの持てる湿地の風景が広がっている。学習センターの高台に座って、おにぎりを頬張りながら湿地の風景を眺める。心地よい風、鳥の声、見えないけれど生き物の気配。原生的な自然ではなく、自然と人の関わりの歴史が生み出した風景。心にしみる。(吉村伸)