北海道札幌市
広場、建築外構(公開空地)
官民一体の公共空間による都心再生
現行道路の一部を都市計画変更して、札幌都心におけるプレイスメイキングの新基点となる広場へと再整備した。
2004年、札幌都心まちづくり戦略の「うけつぎの軸」(北3条通)と「にぎわいの軸」(駅前通)の交点に位置するこの場所を広場として活用する社会実験が札幌市により行われ、市民の好評を得た。隣接する旧札幌三井ビルの建替えが、日本郵便の敷地と共同化し、広範囲の公共貢献を内包する都市再生事業となる中で、都心の新たなシンボルとなる場所をつくるため、広場化による交通への影響などの検討を開始した。
広場化の実現性を確認できたので「北3条広場委員会」を組織し、広場のコンセプトを、大人の文化を楽しめる広場、札幌の美しさが感じられる広場、歩行者が憩うみち広場と定めた。後のデザイン検討や整備と運営を含む全体の指針となっている。
明治期の赤れんが庁舎と大正期のイチョウ並木とを最重要の景観要素として、広場全体が当初からそこにあったもののように見えることを目指し、歴史的遺産と調和した「地」としての景観形成を図った。
元々の車道部分に該当する広場の中心は、様々なイベント利用のために十分な広さの空間となった。隣接する建築敷地の外構も同じ北海道江別産れんがで舗装し、赤れんが庁舎への横断歩道を広場と同幅員で赤れんが色として、場所性を明確に表現しつつ、土地権利の境界を感じさせないシームレスな広がりを生み出した。
樹齢100年超のイチョウは、過去の盛土や水分・日照の変化等で生育環境が悪化しており、植栽ますの連続化・拡幅、浅根地被植栽等により改善を図った。植栽ますにベンチ機能を持たせ、間隙部にはイベント対応設備を収めたトレンチを埋設して、広場機能を高めている。
道路舗装の下に残されていた大正13年施工の「木塊れんが」は、埋設保存すると共に、その一部をレプリカと共に展示して街の貴重な財産として顕在化させた。
都市では、それぞれ異なる幾多の要素が順々に変化しながら空間も風景も作られる。その連鎖に何らかの共通項が介在することで、空間も風景も素敵になっていく。共通項は規則であったり、価値観であったり、直接的な対話であったりする。この作品をみてまず思うのは、そういった都市の生成原理である。先に存在している要素へのリスペクト。立地のポテンシャルを引き出す空間構成プログラム。手に触れ目に映るモノの仕上げの丁寧さ。これらに対し的確な答えを示し、統合することで、都市の空間はこんなにも生き生きと、楽しく、生産的になることをこの作品は立証してくれた。
もちろんこれを担保した、車を排して広場とした計画決定への感謝を忘れてはいけない。札幌という街が進める多角的な戦略は、よりマクロなスケールで今後効果を顕にしていくであろう。この広場はそういった札幌のノードとしてしっかりとしたアイデンティを刻んだ。レンガという分かりやすすぎる素材の選択も、賑わいの主役を奪ってはいない。建築界のディテールは、やはり土木を一段上まわる。建物の中に設けられた広場を見下ろす空間は街の特等席となり、他者を信頼してパブリックに開くことで自らの価値を高めた。このマインドと手法が近隣に、さらに各地へと波及し、それぞれの工夫をもって展開していくことを強く望む。(佐々木)
秋の気配の週末に訪れたが、開催されていたマルシェは大勢の人出で、市民に親しまれている印象の場所だった。北3条通西端1街区の道路の『車の交通を排除する』と言う英断で作られた広場(アカプラ)だ。旧北海道庁赤レンガ庁舎の前景として、大きさの揃ったイチョウ並木と相まって赤レンガ敷きの広々とした空間は、パースペクティブな都市の演出効果も高い。旧庁舎との間の西5丁目通に、レンガ色と白のインターロッキングブロックで広場と同じ巾の横断歩道を設置し、空間の連続性を図っている。税金だけではなく、イベントなどへの有料の貸し出しで広場の維持費などを賄う運営や、札幌三井JPビルディングの内外部空間と広場の立体的な空間の共有は好感が持てる。車道ではないので、レンガという柔らかく暖かみのある素材が使えるのも人に優しく、エンタシスの照明灯、換気塔兼案内板、『木塊れんが』保存解説モニュメント、人工木デッキのベンチなど、丁寧なデザインがこの広場の質を高めている。それだけに、広場側にセットバック空間を設け、地下歩行空間に自然光を取り込む光井戸の提供など、都市と向き合おうとしている日本生命札幌ビルとの協働の無さが惜しまれる。(武田)
※掲載写真撮影者は左から1・5・6枚目が札幌駅前通まちづくり㈱、2枚目が㈱川澄・小林研二写真事務所、3・4枚目が㈱日本設計