福岡県福津市
河川および洪水調整池
上西郷川の改修事業は、独立行政法人都市再生機構(UR)の住宅開発にあわせて、福津市を事業主体として洪水の防御と環境再生を目的に行われた。上西郷川は、かつては護岸がコンクリートで固められ、生き物も少なく、水際に近づくことも困難な典型的な都市河川であった。洪水も頻発しており、住民からは暗渠化する希望が出される等、川と地域の繋がりも希薄化していた。その上西郷川が、本改修で自然豊かで多くの人に利用される川に再生された。
本作品のデザインの特徴は“治水と環境を統合した河川デザイン“にある。空間を確保し川幅を2倍に広げることで、治水面と環境面の課題の多くは改善された。土羽護岸部は、澪筋の蛇行と同程度の波長でアンジュレーションをつけ、緩やかに蛇行する水の流れと馴染む河川景観を創出した。川の中の環境については、巨石や間伐材を活用した水制など様々な自然再生のための工夫が導入され、瀬や淵等の水の流れが河川自身の営力で維持されている。その結果、のびやかで自然な河川景観が創出され、一調査地点あたりで確認される魚種数も改修前の約3倍に増加(3.8種→11.1種)する等生物の生息環境も再生された。もう一つの特徴は、様々な主体の協働によるデザインプロセスをとっている点である。デザイン検討は、徹底的な住民参加で進められ、河川計画案や河畔の植樹計画から、整備後の維持管理体制、整備後のイベントの企画運営等に至るまで、上西郷川に関わる全てのことを市民-福津市-九州大学で協議して決定している。2007年~2016年現在までに80回を超えるワークショップやイベントが協働で開催されている。現在上西郷川は、川遊びをするこどもたちや、散策をする人々によって頻繁に利用されている。草刈りは地元自治区によって主体的に行われている。小学校児童の環境教材としても活用され、環境改善の工事を実施する等、市民自身がつくりながら使い続ける川づくりが展開されている。
福間駅からしばらく歩くと、子供たちが何やら生き物を探す風景に出会う。それを微笑みながら眺めて佇むお年寄りの姿もある。上西郷川が日常から親しまれていると感じる。住宅開発に合わせて行われた洪水対策が、見事に里川としての環境再生を果たしており、結果、立ち現れた風景は秀逸である。河川のデザインは、自然石や間伐材で流れを調整していて、時間と共に水の流れ自体が瀬や淵などの多様な環境を生み出している。この生物の多様性をも育む河川ゆえに、子供たちがワクワクしながら関わる状況を生み出せている。今後さらに時間を積み重ねていく中で、より地域に愛されて次世代に引き継がれていくことを願う。それゆえ、水の流れや植生環境の変化、また、生育面で少し不安のある高木植栽などのモニタリングを続け、河川管理に持続的に反映すること望みたい。
更なる評価として事業のプロセスを挙げたい。コンクリートで固められていた河川の川幅を広げ、治水対策と同時に環境再生につなげた河川。この事業は河川に限らず、環境再生事業の参照となりえる。ワークショップなど多くの人々の協力なくしては実現しないこのプロジェクトは、公共事業そのもののプロセスをもう一度考え直す契機にもなろう。今後の仕組みづくりに活かしていくという視点も持ちたい。
洪水調整池も含め、近接する住宅のスケールと周囲の山並みと連続する大きなスケールを見事につなぎとめている上西郷川。この自然がつくりだす舞台と言える環境が、ここで暮らす人々にとって、かけがえのないコミュニティの核となって育ち続けるであろう。(忽那)
本作品の最優秀賞たるゆえんを二つあげておきたい。一つは、「川の働きによってつくられ変化するデザイン」という考え方である。守るところはしっかり守る。その上で、川自らの働きで瀬や淵など複雑で多様な川の形が現れる。そういう自立的で本質的な河川デザイン。片側を土手にすることでこの川は広い(変化を許容する)空間を獲得し、川本来の働きを発揮できる条件が与えられた。ただ、小さな川は水量も少なく、力も弱い。そこで、大きな石や間伐材などを川の中に配置。子どもを含む地域の人が担い手となれる小さな技術で川の力を引き出し、複雑な地形を生み出す「造形のデザイン」である。市民が使いながらつくり続ける川づくりの実践。一般的な造形デザインの概念を越えている。
もう一つ、「市民が主体となって関わっていく仕組みのデザイン」である。この作品は、住民参加を経て決まっていた市の計画を見直すところから始まっている。最初は住民からの反発も大きかったと聞く。しかし、徹底した住民参加によって、2年後には「上西郷川日本一の郷川をめざす会」が結成され、川づくり活動が開始されるようになった。計画の善し悪しを議論する住民参加から、自らがプレイヤーとして参加する住民参加へ。市民と川との関わりの再生という社会的テーマに真正面から取り組んだ優れた実践である。
現場に立つ。水辺に足を踏み入れた途端に、草むらからバッタが飛び立つ。ハグロトンボや蝶が舞う。小魚が水辺の草むらから飛び出してくる。淵にはたくさんの魚影が。「子どもたちのための川づくり」を共通目標としたという。生き物のにぎわい。わくわく感が素晴らしい。(吉村(伸))