静岡県富士宮市
世界遺産「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」に係る構成資産
白糸ノ滝は、1936年に富士箱根伊豆国立公園に制定され、国の名勝及び天然記念物にも指定されている。2005年からは世界遺産登録に向けて活動が始まり、 2012年9月に文化遺産保護に関わる国際的なNGOであるICOMOS(国際記念物遺跡会議)の調査及び視察が行われることとなった。本事業は、この世界遺産登録に向けて滝つぼ周辺の整備基本計画(2012年3月)を策定し、実施したものである。2013年6月、「世界遺産」の構成資産に認定された。
[作品のデザインの特徴]
①風致景観の向上
周辺環境の資源を生かすために、徹底した人工物の撤去、景観阻害対象の改善、景観の創出など風致景観の向上を図った。
②本質的価値の共有
場の特性を生かし、場の持つ滝の迫力や水の流れを引き立たせるために、護岸や展望場、舗装に至るまで地場の石材を用い、「地」にするデザインを徹底した。
③安全性、快適性の向上
渡るだけの旧滝見橋から新しい視点場としての滝見橋として架け替えを行い、展望場や歩経路を一体的に整備することで、多彩な視点場を提供することとした。また、古くから地元の人々は滝つぼや水に触れることがあるため、安全面に配慮しながら動線を確保した。
[作品の実現に向けた取組み、狙いや工夫]
①人工物の撤去
・滝つぼ周辺の建築物2棟の撤去並びにそれらを保護する落石防護柵及び基礎、ネット及び基礎の撤去
・コンクリート護岸、排水溝、コンクリート舗装の撤去
・老朽化した旧滝見橋及び橋脚の撤去
②橋梁の架け替え
・現地の地形改変を押さえてコンパクトな構造(日本初の扁平バランスドアーチ構造)による橋の設計
・地場の石材を用いた親柱や舗装材の種石の適用
③展望場・回遊性のある一体的な歩道整備
・架橋位置を後退させて、これまでに無い高い位置からの視点場を整備(左岸橋詰広場、橋上、右岸橋詰)
・回遊性を持たせ視点の位置を変化させることによる視点場の多様性を表現
・地元の声を反映させた滝つぼへの視線と動線
あくまで白糸の滝そのものが自然の美を発信する主役ではあるが、橋梁(滝見橋)も人工構造の美を主張しており、両者の対比的な調和が心地よい緊張感を生み出している。この新しい滝見橋は以前にあったそれより後方に、かつ高く設定したことで、白糸の滝全体を眺めることができるようになり、多くの人々が橋上でその雄大な景勝を楽しんでいた。
右岸の石積は、既設のものと新設のものが違和感なく一体化しており、土止めの岩も周囲に馴染んでいる。一方で遊歩道の転落防止柵が人工的でものものしい気がした。基壇を工夫することによって、低い柵にするか、あるいは柵そのものを無くす事もできたのではないか。その意味で地元の人の意見を参考に、滝つぼを間近で見られるよう、遊歩道先端部に柵を設けなかったのはゆるい感じでとても良かった。
しかし、本作品において最も評価したいのは、滝の直近に占拠していた二つの食堂の建物を撤去することによって、馬蹄形状に連なる幾筋もの繊細な滝を固有の姿のまま、全てを見渡せるようにしたことである。日本において多くの景勝地の周辺は、集客を見込んだみやげ物売り場や食堂が集積している。それらがなるべく見やすい場所へ、近い場所へと欲求を追い求め続けた結果、景勝の対象そのものを覆い隠してしまい、価値を毀損してしまっていることがある。それは本末転倒なことではあるが、いつしか当たり前のようになってしまい、その事になかなか気がつかないことも多い。
本受賞が、あらためて美しい景観は本質的に誰のものなのか、古くからの景勝地のあり方が本来どうあるべきなのか、議論のきっかけとなる機会となれば幸いである。(須田)
貴重な自然を守り、これを多くの人々に紹介し、同じ感動を後世に引き継ぐ仕事も土木の重要な役割であることを、主に引き算の手法で実証した点が「最優秀賞」に値する。
観光地にありがちな大型駐車場と売店通りを進むと、別世界を予感させる展望台に出会う。整備対象の全貌を鳥瞰・縦方向に眺めるこの視点場からは、滝を正面、緑と白糸に覆われた崖を左右に、滝つぼには回遊する遊歩道が見え、道先を期待させる。手前を横切るアーチ橋は風景のアクセントとなり、自然景観を引き立てている。余計な人工物や景観阻害要因は何も見えない。箱庭でつくる理想の滝つぼ景観がここで見れる。
谷底に下り滝見橋に立つ。左岸上流の橋詰め展望台に、かつて売店が存在した雰囲気が残る。背後の崖からも富士山の湧水が幾筋も落ち、幅150mにも及ぶ白糸に続く。この特徴的な景観を、谷底に下りると同時に紹介したい。すなわち、かつての売店や休憩所などの景観阻害要因を除去することが、環境整備の肝であることに共感する。
滝見橋は、優しく美しい姿ゆえに自然景観に融和する。橋面施設も滝を眺める視点場に徹した控えめなデザイン・材料が選択され、環境改変を最小化する構造としている。滝つぼに近づく遊歩道も土木の仕事によるが、どれも周囲の自然と同化し、建設による爪痕は感じない。
対象範囲外ではあるが、滝の右岸上部に富士山と白糸ノ滝を同時に鑑賞できる魅力的な張出し展望台が本事業後に建設されている。導入部の売店通りも公園化の計画があるようで、今後に期待が持てることも素晴らしい。(髙楊)
※掲載写真撮影者は全て安川千秋