香川県さぬき市小田2671番地75
公園・休憩・飲食施設
さぬき市立「時の納屋」は、瀬戸内海国立公園内に位置するさぬき市大串半島の公園と休憩・飲食施設である。かつて計画敷地には市の温泉・宿泊施設があったが、時代の変化と共に団体旅行客は減り、建物の魅力も古び、施設は閉鎖された。国立公園としてふさわしい姿も失われかけていた。跡地利用として半島の活性化を要請された「時の納屋」のデザインは、瀬戸内海への眺望や大串半島の自然環境を活かしつつ、持続可能な社会経済活動と経営・維持管理が可能な場所の創出を目指した。コンセプトに『主役は大串半島の自然と景観』、「国立公園にふさわしい姿に時間をかけて戻していくこと」を掲げ、持続的に維持できる建物規模計画や、環境と共生する建築意匠、技術を施した。景観・周辺外構は、敷地の造成発生土、敷地周辺に昔から生育していた木やその種から育てた苗木、最も近場で採れる庵治石に素材を絞り造形。既存芝生広場も一体に整えた。建設時や建設後の資源循環、省CO2にも配慮した。建築・景観ともに長期の使用と美しい経年変化を見据え、時間が蓄積し人の関わりで成熟していく場所を目指した。雄大な瀬戸内海の多島景観を眺め、この場所もその一部となる、穏やかな地形の中に佇む人の居場所である。
竣工1年で、想定を大幅に超える3万人以上が来場した。さぬき市SA 公社による時の納屋の運営・広報を通じ、この場所が地域内外に発信され、自然環境を活かした空間や営みを通じて人と自然との関わり、そして人々同士の関わりが生まれている。既存芝生広場を含む敷地全体が、日常の散歩や運動、憩いの居場所として、また飲食や自転車ツーリズムなど産業の拠点として、さらに食や音楽、建築セミナーといったさぬき地域の生活文化を育む多様な活動に利用されている。
時の納屋で試みた、健やかな自然とともにある人の営為を祝福するような景観が、敷地を越えて大串半島やさぬき地域に広がっていくことを望んでいる。
三角の建物のシルエットと切土に挟まれ緩やかにカーブを描く石畳に導かれてアプローチを行く。緩やかなスロープをのぼりながら、切土や草木によって遮られていた視界が徐々に開け、目の前に美しい瀬戸内海が広がる。
大規模宿泊施設を解体し、地域が維持できる施設規模や運営形態を設定した更新とともに、もとあった風景や環境を取り戻す、地域の持続可能性を目指したデザインである。
素朴な家型の建築を中心に、現場で発生する土を用いてアプローチや視界をコントロールする造成、草や種から育てる在来種の植栽など、地域にある材料と技術がデザインにより丁寧に融合され、自然な造形を高いレベルで実現している。コンクリートを使わず、再利用や更新を想定された素材の使い方や工法、地域の在来種を選択的に植生管理する維持管理など、完成後の持続可能性が考慮されたやわらかいデザインは土木デザインとしても示唆に富む。
一方で、敷地周辺には管理されていない荒れた環境が残る。海に突き出した大串半島の自然を、人の手をかけて再生していく長期的なこの取り組みが地域を先導し、美しい瀬戸内の風景が再生され、後世に引き継がれていくことを期待したい。(太田)
大串半島からは、穏やかな瀬戸内海と人の営みの美しい風景を臨むことができる。本計画は、市街地から離れた同半島に対して、ふたたび土地と人が接点を持つことができる意欲的な挑戦をしたプロジェクトだ。
展望所、屋外劇場、ワイナリー、キャンプ場等の観光施設が点在している半島エリアには、かつては宿泊施設があり、人々の目的地となっていた。近年に宿泊施設が廃業したことをきっかけに、半島の活性化を期待して始まったとされる。衰退を受け入れ、終焉という選択肢をとるのではなく、土地の可能性を信じ、再び整備に取り組んだ事業者の勇気ある行動をまずは称えたい。また、その熱意に対して設計者や関係者が惜しみなく、腕を振るったことが伝わる秀逸なプロジェクトである。
歩車分離の計画は、良い効果をもたらせている。駐車場から休憩施設までのアプローチまでの道のりは、風景と向き合うまでの高揚感を高め場の印象を強めている。
一方で、建物が主役となる配置計画に課題を感じた。アプローチの先や広場からは常に建物の存在が眼に入り、建物内部からの眺望が最も印象的な場となっている。既存の展望エリアを含めて、風景に埋没できる場の整備を今後期待したい。(石井)
※掲載写真撮影者:左から1枚目が株式会社菅組、2枚目が堀部安嗣、3・5枚目がTakebayashi Landscape Architects Ltd.、4枚目が堀部安嗣、6枚目がさぬき市立「時の納屋」