選考結果について

最優秀賞

馬場川通りアーバンデザインプロジェクトBABAKKAWA URBAN DESIGN PROJECT

群馬県前橋市千代田町2 丁目、4 丁目、本町2 丁目
遊歩道公園・準用河川・道路・公衆トイレ

 本計画は前橋市が掲げる官民連携まちづくり指針「アーバンデザイン」のリーディングプロジェクトであり、地元有志の寄付金によって公共工事を行う中心市街地の再生事業である。デザインの検討にあたって着目したのは、かつての城下町に張り巡らされていた水路の存在だった。酷暑で有名な前橋において、灌漑の役割を終えた水路をまちの環境装置と捉え直し、ウォーカブルな社会に資する安全性と快適性を兼ね備えた基盤に再生したいと考えたのである。
 民間団体である前橋デザインコミッション(MDC)が公共工事の資金調達から工事のマネジメント、完成後における管理運営の事務局機能を担う中、デザイン統括者や土木設計者は基本設計から工事監理に至るプロセスの中で、馬場川通りの価値を高める空間づくりと仕組みづくりの構築に携わってきた。デザインの考え方はシンプルで、水路に張り巡らされた柵を取り払い水面にデッキを張り出すことで「誰もが寛げる場所をつくる」というものだった。
 空間づくりにおいては、水路沿いにデッキやベンチを設けることの価値を共有するため、事例見学会や現地での社会実験を行い安全面や機能面の課題解決に努めた。仕組みづくりにおいては、30年に渡り通りの花壇整備に携わってきた地元の農業高校や、まちづくりに関心の高い市民を巻き込みつつ勉強会やワークショップを開催して完成後の管理運営に携わる仲間を募った。これらの成果が地域の仲間で組成される管理運営組織「馬場川通りを良くする会」へと発展した。
 これら民が主導する公共事業を、行政だけでなく様々なステークホルダーが支援する取り組みは、人口減少社会に相応しいサスティナブルな取り組みとして財政難に直面する多くの自治体に早い段階から注目されてきた。巨大な資本に頼ることなく、先人が築き上げてきた資産を再生しながら身近な課題を解決していく姿勢にこそ、この国の目指すべき未来があるのではないだろうか。

《主な関係者》
○日下田 伸(都市再生推進法人(一社)前橋デザインコミッション[MDC])/プロジェクトマネジメント・管理運営
○濱地 淳史(前橋市 都市計画部 市街地整備課 官民連携まちづくり係 (当時)、前橋市都市計画部建築住宅課計画整備係(現在))/事業推進支援
○佐藤 弘達(前橋市 都市計画部 市街地整備課 官民連携まちづくり係 )/事業推進支援
○平賀 達也(株式会社 ランドスケープ・プラス)/デザイン統括
○村瀬 淳(株式会社 ランドスケープ・プラス)/ランドスケープデザイン
○坂本 幹生(株式会社 ランドスケープ・プラス)/ランドスケープデザイン
○大波 修二(株式会社 オリエンタルコンサルタンツ 関東支社 都市政策・デザイン部)/土木設計
○浦西 真維(株式会社 オリエンタルコンサルタンツ 関東支社 都市政策・デザイン部)/土木設計
○ジャスパー・モリソン(Jasper Morrison Ltd.)/トイレ棟デザイン
○髙濱 史子(髙濱史子建築設計事務所(当時)、株式会社 髙濱史子小松智彦建築設計(現在))/トイレ棟建築設計
《主な関係組織》
○一般社団法人 太陽の会/寄付金による整備資金支援
○宮下工業 株式会社/施工者
《設計期間》
2021年4月~2022年12月
《施工期間》
2023年1月~2024年3月
《事業費》
370,000,000円
《事業概要》
整備面積:2,248㎡
遊歩道公園面積:1,418㎡
道路延長: 200m
《事業者》
前橋市/都市再生推進法人(一社)前橋デザインコミッション[MDC]
《設計者》
株式会社 ランドスケープ・プラス/株式会社 オリエンタルコンサルタンツ
<設計協力者>
Jasper Morrison Ltd./株式会社 髙濱史子小松智彦建築設計
《施工者》
宮下工業 株式会社

講評

 熱波が去り、風が気持ち良い平日午後。県庁までバスで向かい、県庁前通りを歩き自然と脇道を抜け歩行者優先空間の中央通りに到着。通りの辻にある馬場川通りの入口にはきれいな公衆トイレがあり、デッキブラシや足も洗えそうな水場と倉庫もある。活動を支える機能的で美しい公衆トイレに感激する。その斜め前の角地には紺屋町広場があり、三世代家族が日向ぼっこする姿と定期活動のボードゲームの会のお知らせが目に入る。道路拡幅をせず一方通行化し速度制限(20km/h)が面的に広がっているエリアにおいて、馬場川通りでは地元で愛されるレンガを敷き、車の居場所を白く太い線で示すことで周辺の大型駐車場との共存が叶っている印象。学びたい。その結果、生身の人の居場所が明快になり往来だけでなく座位だけでなく立位も含めた滞留する人、自転車を停めくつろぐ人の姿をあちこちで目にする。道端で70代と思しきご夫人に声をかけていただく。素敵なお帽子とワンピース姿が目に焼き付く。水路をまたぐ橋の上は民地だそうだがこちらにおいでよ!と誘うようなデザインが歩道にかかり気兼ねなく入っていける雰囲気。白井屋ホテルの階段を抜け道としても愛用されている様を見て真似して上っていく。道中のパン屋さんで働く人の姿を大きな一枚ガラス越しに眺める。植栽の手入れをされているスタッフの方に“気をつけて通ってくださいね“と優しく声をかけていただく。出会った方々の振る舞いが印象に残る。言葉を交わさずとも好感を持てたり素敵だなと思えたりする出会いの交流をなんと呼ぼうか。(山下)

 川幅2mほどしかない狭い水路の上にデッキを張り出し、そこにベンチやテーブルなどの機能をもった固定ファニチャーが設えられている。第一印象としては、狭い川幅とデッキスペースの関係性が空間構成としてちぐはぐなようにも感じたが、その印象は次第に驚きへと変わっていった。道路幅は狭く1車線の車道とわずか数mの歩道しかないが、歩車道境界にあった段差が解消されてフラットになり、全体がレンガブロックの舗装で統一されている。その一体的な道路空間の一部としてデッキの設えがある。そこから生まれる川への眼差しは、自然の川への親しみというよりも、むしろ市街地の中で、場合によっては暗渠にもされかねないような小さな水路がもつ大きな価値に気づかせてくれるものであった。同時に、ここをそのように作り替えたことへの切実な思いも空間からひしひしと伝わってきた。総合的に見れば、とても魅力ある街路~河川空間が創出されている。トイレもそのヒューマン・スケールな街路~河川空間の中に木製家具的な佇まいで風景に馴染んでいる。そして何より驚くのは、この一連のプロジェクトがビジョン作成から資金調達、管理運営まで、民間が大きな役割を担ってきたということである。加えて、まちづくり分野では国内初となる成果連動型のSIB(Social Impact Bond)の活用により、公共空間の整備に対して機関投資家による投資を呼び込んだことも非常にチャレンジングであり、今後の土木デザインのあり方に大きな示唆を与え得るものとなっている。(久保田)