熊本県天草市河浦町﨑津・今富
土木構造物・広場・建築・サインなど
熊本県天草市の﨑津・今富地区は、450年前に日本にキリスト教が伝来し、禁教下も信仰が続けられていた地域である。漁村集落の中に教会がそびえる﨑津、集落内にキリスト教関係の史跡を含む今富は、2012年に国の重要文化的景観に選定され、2018年には、﨑津集落が世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産に登録された。
こうした動向を見据え、天草市は2010年に学識経験者や地元住民代表からなる天草市文化的景観整備管理委員会(以下、委員会)を設置した。一般的に景観が重要視される場所では、ある一定規模以上の開発に対して景観審議会などで審議を図る仕組みを適用させることが多いが、﨑津・今富地区の場合はほぼ全ての公共工事をこの委員会で審議する。
委員会での審議項目は多岐にわたる。地域の将来にわたる全体構想から、高潮対策・砂防・治山等の災害対策事業、道の駅・広場・ガイダンス施設・サイン整備などの観光や文化財関連事業、これらの目的やスケール、事業主の異なる全ての公共工事を対象にデザインとマネジメントを10年以上継続してきた。派手さはないが風景に調和した、素朴で真面目なデザイン。それを多様な公共施設に適材適所で少しずつ行き渡らせることで、全体としてゆるやかな統一感を生みだし、風景の価値を高めることにつなげている。
数々の公共事業によって﨑津・今富の環境は大きく変わった。しかしこの変化を風景に調和させ、住民も納得できる形にできたのは、住民との協力体制が構築されていたことが大きい。この事業の中心である委員会のメンバーには自治会代表者の方々も含まれており、この地元委員が、住んでいる人は皆顔見知りという距離感の中で熱心に住民の意見を聞き、細やかでリアルな意見を委員会で共有し続けてきた。このことが、景観と営みの橋渡しとして機能することで、持続的な景観づくりを実現するための最も大きなポイントになっている。
熊本にありながら文化的には長崎に近い漁村文化を有する天草の崎津。潜伏キリシタンの里としての悲劇の歴史、一方南蛮文化など海外への玄関としての歴史、そして漁村としての歴史が重層的に存在するまち。これら全国的にも特殊な文化的景観を後世に伝える、観光資源として活用するためのデザインである。
崎津教会と言うランドマークを中心に、まちの歴史を伝える資料館、まちの文化的景観を伝える案内サイン、そして地域のボランティアの活躍により、歩いて回れる設計となっている。平地がなく道路が狭いという漁村の欠点を補うためにまちの入り口に道の駅を設置し、徒歩による観光を促している。これらまちの文化的景観を保全するために、天草市文化的景観整備管理委員会を設置し10年以上にわたり、砂防や斜面防災など地域のさまざまな土木デザインにも細かな工夫がされている。
日本の各地に魅力的なまちがあるが、掘り起こさないとその魅力は伝わりにくい。地域力とデザインによりその魅力を引き出している。(中村)
小ぢんまりした湾を囲む崎津の漁村集落と、そこから山へと連なる今富の集落、そのどこからも町に聳え立つ教会が目に入る景観は、世界でも類を見ない美しいものだ。
この地域の世界遺産登録が視野に入った時点で、町の景観整備やオーバーツーリズムへの懸念を見据えて天草市文化的景観整備管理委員会が設立されたのは、2010年のことだと言う。この町に訪れて感じる美しさや心地よさは、10年以上にわたるこの委員会の地道な活動の成果だろう。
道の駅の配置は、町への不用意な車の乗り入れを穏やかに回避する周到さがあり、展望台や広場、公衆トイレなど、公共空間の整備は丁寧になされて町に溶け込んでいる。民家を改修して生まれた資料館や休憩所は、町の歴史や情報を、実空間を介して生々しく伝えてくれている。
この成功は、この委員会が地元住民も巻き込んで継続してきた仕組みに負うところが大きいのだろう。地元の方々が当事者となって景観形成に努めてきたことは、小さな商店の店主や、町の随所で出会うボランティアの生き生きとした姿からも感じ取ることができる。
今後この町が、単なる観光地に安住するのではなく、生業との新しい共存の姿を見出していってくれればと願う。(千葉)