宮城県気仙沼市南町海岸
防潮堤(南町、魚町)
気仙沼漁港南町公園
ムカエル:飲食店、物販店舗、事務所
ウマレル(PIER7):観光案内所、交流スペース、FMスタジオ、軽運動場、研修室、音楽室
内湾地区は、水産都市気仙沼の中心街である。魚市場の移転後、地域経済が衰退しつつあったが、海とまちが一体の美しい港町の景観は、観光客も訪れる魅力になっていた。
しかし、東日本大震災の津波による被害を受け、多くの建物が流出した。復興計画の策定が急がれる中、宮城県より高さ4.4m(TP6.2m)の防潮堤の計画が示され、景観の阻害などを理由に多くの住民が反対した。これを契機に住民主体の内湾地区復興まちづくり協議会が設立され、建築・ランドスケープ・照明のデザイナーの協力を得て、模型を使ったワークショップや行政担当者及び土木設計・工事関係者とのデザイン調整会議などを通じて、防潮堤のデザイン検討が進められた。
魚町の防潮堤は、海への眺望を重視し、陸側からの見た目の高さを低く抑えることが条件であったため、余裕高1m分のフラップゲート式の採用、土地区画整理事業によるまち側の地盤の嵩上げ、フラットバー及びワイヤー手摺など、海への眺望を確保するためのデザインが織り交ぜられた。岸壁での漁業活動のために、陸側と海側をスムーズに行き来できる乗り越し階段や陸こう、階段状の休憩デッキや夜間照明などが設置された。
南町の防潮堤は、海側の岸壁とまち側をシームレスな空間としてデザインすることが課題であったため、防潮堤の海側に斜面緑地・ステップガーデン・回廊などを設置し、まち側に建築(ムカエル、ウマレル)を配置した。さらに建築から片持ちで張り出したデッキで防潮堤を覆い隠し、防潮堤の機能を残したまま、海とまちの連続性を確保した。
当初、防潮堤の建設に反対していた住民は、自らの暮らしと防潮堤に向き合い、8年間の時をかけて地域の未来を模索し、防潮堤とまちの共存の解を導き出した。この唯一無二の空間を、「海と生きる(気仙沼市の復興スローガン)」を体現する場と成すため、次世代によるエリアプラットフォームの新たな取り組みが始まっている。
当初の防潮堤計画に対しての反対を乗り越え、周辺の防潮堤や土地利用計画、防潮堤と建物の一体デザイン、民間事業主体の組成など、海とまちの新たな関係性を生み出した。
フラップゲートを採用し陸地も嵩上げすることで、子供でも市街地から海面が見える。芝生の斜面緑地が覆い防潮堤を感じない2Fレベルのデッキからは、店のベンチに座り対岸の神社や船が並ぶ内湾を眺められる。ステップガーデンや芝生広場、建物内のガラス越しに海が見える空間など、立体的な居場所が思い思いに使われている。背後の商業地から、防潮堤の一部を可動にすることで海が見える風景を確保。建物と防潮堤が一体化した海と陸の両方に開いたデザインとなっており、内湾の水面から見ると漁港とは思えない美しさ。特に夜間は官民施設の境界を感じない内湾を囲む照明が海面に反射する。
この作品のすごさは、個々の空間はもちろん、地域が自然と向き合う覚悟を持ち、多様な主体や知恵を結集させ、エリア全体で漁港、防潮堤・盛土、公園、建築などを横断するデザインマネジメントを実現させ、計画に関わった地域主体がその運営を担っていることにあると思う。(泉)
「海と生きる」という強い意志のもと、必要な構造物はつくりつつ、海とまちの分断を極力さけた「高低差の克服」のデザインである。8年間にもおよぶ長期の議論をかさね、異なる主体が参加しデザインの統一を図った点も評価される。
防潮堤の高さでいわば「ミニ高台まちづくり」を実施することで、施設からの海の「みえ」を確保している。カフェなどを訪れた客は、ゆっくりと海を眺めながら豊かな時間を過ごせるようになっている。手すりカウンターを海側に設置するなど細かなデザインもできている。
「ムカエル」などの施設の防潮堤の海側は土堤の斜面とすることで、防潮堤を「みせない」工夫がされており、その斜面に観客席としての機能を持たせることによりイベントでの活用性を高めている。逆サイドは防潮堤の高さで連絡通路を片持ち梁で出しており、海側から見るとそれが屋根に見え、防潮堤を感じさせないデザインとなっている。魚町側の防潮堤は、浮力(無動力)で起立するフラップゲートを採用することで、防潮堤の高さを抑えている。
内湾は気仙沼の旧市街と言える場所であり、海からつながる目抜き通りなどは、そこでの新たな拠点づくりとなっているが今のところまだ人通りもすくない。この新たな拠点が持続的なにぎわいをつくりだせるかが、トータルデザインとしての試金石となるであろう。(中村)