選考結果について

最優秀賞

白川河川激甚災害対策特別緊急事業(龍神橋~小磧橋区間)Shira River Severe Disaster Special Emergency Project (Between Ryujin Bridge and Ozeki Bridge)

熊本県熊本市中央区黒髪、渡鹿
家屋等の浸水被害の解消(堤防整備、河道掘削)

平成24年7月11日~14日に九州北部では記録的な豪雨となり、熊本市内では観測開始以降の最高水位を記録するなど、白川流域で大きな被害があった。熊本市内の龍神橋から小磧橋の区間では溢水箇所が複数みられたため、無堤防であった当区間を中心に「白川河川激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)」に着手した。延長約1.6kmの整備区間は市街地の北東に位置し、川沿いに住宅が迫っている地区であり取水堰があったため、掘込構造や土堤ではなくコンクリート造の特殊堤でコンパクトな構造とし、線形の工夫等によりできるだけ既存の河川環境を維持保全しながら整備を進めることとした。 また、堤防ができることでまちと川との分断要因とも捉えられるが、元々が川へのアクセスが悪く川がまちの裏側を流れているような場所であったため、堤防整備を契機にまちと川を結びつけることが課題とされた。
激特事業は概ね5年の短期間での工事完了が前提であるため、一般的には環境や景観、利活用といった観点まで検討が及ばないことが多い。これに対し、防災や景観の視点を取り入れた整備の実現に向け、九州地方整備局では事業採択の半年後に設計者・施工者・学識者らが一同に会する「白川激特区間景観検討委員会」を立ち上げ、工期やコストが限られるなかでのデザインの工夫や検討を行った。 治水だけではない価値として、①回遊性、②アクセス性、③空間多様性、④安全・安心性を高める整備方針を整理し、自然環境の保全や河川全体の景観形成の指針を示した「マスタープラン」をベースに、住民が利用しやすく川を身近に感じられる整備を進めた。
竣工後2年が経過し、堤防上には散歩や通勤・通学などに利用する姿が多く見受けられるようになっている。整備前にはまちの裏側だった川沿いにおいて暮らしのなかで日常使いが根付いていくこによって、ひいては住民の防災意識の向上へとつながることを期待している。

《主な関係者》
○星野 裕司(熊本大学准教授)/景観検討委員会メンバー、設計・施工段階でのデザイン指導
○小林 一郎(熊本大学教授(当時)、熊本大学特任教授(現在))/景観検討委員会メンバー、CIMを活用したデザイン指導
○増山 晃太(熊本大学学術研究員(当時)、株式会社風景工房(現在))/景観検討委員会メンバー、設計・施工段階でのデザイン検討
○宮崎 浩三(九州建設コンサルタント株式会社)/景観検討委員会メンバー、設計における堤防、施設等のデザイン検討
○西山 穏(株式会社西日本科学技術研究所(当時)、NNラントシャフト研究室(現在))/景観検討委員会メンバー、設計における川づくり等のデザイン検討
《主な関係組織》
○国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所/事業の実施、設計・施工の監理
○九州建設コンサルタント株式会社/CIMを活用した景観検討、堤防、樋管等のデザイン検討
○株式会社西日本科学技術研究所/多自然川づくり計画、設計検討
○熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター 景観デザイン研究室/模型等でのデザイン検討、ワークショップ支援
○熊本大学 空間情報デザイン研究室/CIMを活用した景観検討
《設計期間》
2012年8月~2019年3月
《施工期間》
2013年10月~2019年12月
《事業費》
約123億円
《事業概要》
■基本諸元
・事業区間:白川水系白川15k600付近(熊本市中央区黒髪2丁目)
           ~17k300付近(熊本市中央区黒髪6丁目)
      左右岸合計約3.2km間
・事業地区:龍神橋~小磧橋左右岸
・立地条件:事業実施地区は、熊本市街地東部に位置し、堤防整備が暫定堤、背後には熊本大学や住宅地が連担した地区である。また、河道内には慶長年間に建設された農業用の取水堰(渡鹿堰)があり、熊本市水遺産に登録されている。
■主な治水対策メニュー
・堤防整備:L=3.2km(左右岸合計)
・用水樋管整備:1箇所
・排水樋管整備:5箇所
・橋梁架け替え:1橋
《事業者》
国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所
《設計者》
九州建設コンサルタント株式会社
株式会社オリエンタルコンサルタンツ
株式会社建設技術研究所
株式会社東京建設コンサルタント
株式会社西日本科学技術研究所
株式会社間瀬コンサルタント
三井共同建設コンサルタント株式会社
〈設計協力者〉
熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター 景観デザイン研究室
熊本大学 空間情報デザイン研究室
《施工者》
株式会社礎
株式会社岩永組
株式会社雲仙建設
株式会社大川鉄工
開成工業株式会社
株式会社協和製作所
光進建設株式会社
五領建設株式会社
佐藤企業株式会社
三州建設株式会社
株式会社十五建設
株式会社杉本建設
株式会社杉本建設
株式会社南州土木
株式会社南陽建設
昇建設株式会社
株式会社橋口組
株式会社ピーエス三菱
松本建設株式会社
株式会社明興建設
山本建設株式会社
有限会社八十建設
株式会社吉永産業

講評

熊本の人口密集地区を流れる白川における激甚災害対策事業のデザインである。関係者が一堂に会する「白川激特区間景観検討委員会」を立ち上げ短期間に多数の関係者の合意形成を図ったことに敬意を表したい。九州地方整備局が災害前から「景観カルテ」等を整備していたことも迅速な合意形成につながっている。
住宅が密集する市街であるがゆえに、河道拡幅は難しく、特殊堤(パラペット)で治水機能の強化を図っている。このパラペットのデザインが秀逸で、歩道の工夫でベンチ高の高さを保ち、美観を保つためのラウンディングやテクスチャーの工夫が見られる。パラペットの色彩と違和感がない、コンクリート打ちっぱなしの河川構造物のデザインも良い。
もともと川との関係が希薄であった地区の、川と街のつながりの創出も興味深い。川沿いの広い歩道、空間が確保できるところではポケットパーク的な広場の確保、またバス停など関係者との連携により実現した街と川の接続部の工夫など随所にみられる。堤内側のわずかな空地を活用して、あるいは周辺の緑地と一体化をはかり、人々が憩い、水辺を楽しむ空間の確保をおこなっている。
水辺には加藤清正の時代に作られた白川最大の堰である「渡鹿堰」があり、この歴史と文化の構造物を中心とした景観上の工夫が見られる。右岸側は空間を広くとることにより、河畔林を存置し、水辺の美しい風景と日陰を確保している。
都市部の大河川において「堤防整備を契機にまちと川を結びつける」ことに成功した好事例と言えよう。(中村)

災害対策事業であるが、パラペット角部の丁寧なR仕上げ、次の災害防止に向けた新たな護岸整備に伴う既存コンクリート護岸の削除と残地を自然の営みに任せる適切な放任、出来る箇所では新設護岸そのものを後ろに引き、河川の自然な営みに任せつつ日常の豊かな空間を創出する手当て、そして何より全ての箇所での既存住宅地等へのアクセス改善、隣接道路のバス停空間との連携など、膨大な調整作業をやってのけたマネジメント力に脱帽したくなる仕事量への感服が、現地で、まず感じたことであった。
さらには、堤内側の残置的空間を防災機能を明示する空間として設え、ある場所にはテトラポッドや土嚢に必要な土を盛山を配置する、その心意気にも感嘆した。
そして、朝、昼下がり、夕方、それぞれの時間帯で散歩を楽しむ、周辺で暮らしているであろう人々に出会った。既に市民の空間として親しまれている様子が確認できたし、偶然、美しい夕焼けにも出会えた。
「災いを転じて福となす」土木事業の手本がまた実現したことを素直に喜び、称えたい。全体にシンプルな造形は、多分予算の制限故だろうが、それを感じさせない丁寧さが感じられ、この場所は時間とともにさらに市民に親しまれていくと感じた次第にて、最優秀賞としました。(松井)