岩手県陸前高田市高田町並杉144~下和野133-2
河川および河川公園
2011年3月11日の東日本大震災で甚大な被害を被った高田地区は、宅地地盤全体を嵩上げする土地利用計画が策定され、川原川公園が組み込まれた。人為によって大きく姿を変える街に、自然的基盤としての川を組み込む、大事な視点である。
本作品は、川原川と川沿いに配置された公園を一体的な空間としてデザインし、嵩上げされた街とつなげるプロジェクトである。河川改修は岩手県、川原川公園は陸前高田市の事業であるが、河川行政に詳しく河川デザインに実績のある吉村伸一がデザイン監修として加わり、実務者で構成する県・市合同会議で調整しながら進めていくことになった。河川設計はアジア航測(株)、公園基本設計は(株)オリエンタルコンサルタンツ、公園実施設計は緑景・共同設計設計共同体が担当した。
造成盛土によって川の深さは震災前の3倍(8~9m)にもなる。本作品におけるデザインの核心は、深くなる川を身近な生活空間に転換する空間デザインである。深さを感じさせない、水辺に近づきたくなる川がつくる複雑な形と生き物の賑わい、均一ではない多様な形の川、川から見える氷上山や広田湾の眺望、これらを統合した空間の形を目指した。河川と公園を組み合わせただけでは「統合空間」は生まれない。「川でもあり公園でもある街の空間」を創造するべく、川と公園の境界は決めず、統合設計の結果として川と公園の境界が決まっていった。ただしそこに空間としての境界はなく、川でもあり公園でもある空間をデザインした。
市役所職員や地域住民の「川原川愛」も背中を押した。川の敷地内での植樹、洪水時に水没する潜り橋、住民が渡る「管理橋」など、河川管理者の英断によって実現した。完成してすぐに高田保育所の子どもたちが遊びはじめ、教育の現場となった。川原川ファンクラブや地元住民による除草作業や「川原川で遊ぼう」活動など、かつての子どもたちの暮らしの継承であり未来につながる出来事が生まれている。
ここまで川を活かした復興事例は他にないであろう。川原川は陸前高田の自然・文化・記憶の継承の軸である。
東日本大震災の凄惨な被害を受けた陸前高田市、街全体をかさ上げし、津波に対して安全な街をつくる一方、もともと街の中心を流れる川原川と街の高低差は大きくなる。この高低差を克服しつつ、川原川の記憶も残し、いかに魅力的な水辺を創出するか、それがこの川原川の課題であったと考えらえる。現地の川に入るとわかるが、高低差への懸念は杞憂であったことが分かる。
中間に設けられた河川敷的な空間から水辺までの距離が自然なものとなっている。その河川敷から街の高さまでは、堤防的な景観となっており、河川景観として違和感はないおさまりとなっている。ところどころに設けられた潜り橋はシンプルなデザインながら、川の流れを楽しめるとともに、意図的に作られたであろう瀬音が魅力的なサウンドスケープをつくりだしている。子供が水辺に飛び出しそうな場所である。実際「川がき」を輩出するようで、実見当日も朝早くから眠そうな父を引き連れて「川がき」がアミをもって魚とりに励んでいた。
河道の空間が少しでも広く確保できるところは左右岸の勾配を変え、親水性のある斜面をつくり、樹木を残し、のり肩も工夫することにより緑を確保しており、全体に伸びやかで潤いのある景観を創出している。津波の被害を受けていない上流域では川原川の記憶をとどめる樹林が残されており、過去と未来をつなぐ景観となっている。そのためか、散策に利用する市民も多く、とてもリラックスして水辺を楽しんでいる。ベンチも多数配置されており、橋梁下の日陰もうまく使っている。
街の復興に勇気を与える川づくり、子供たちの将来に夢を与える川づくりとなっている。(中村)
川沿いを下流部から上流方向に歩いた。空間の中に氷上山をふくめた起伏が見えているためか、嵩上げ地盤の底にいる感じはほとんどしない。木々が育つ将来においては、この辺りがそのまま自然の地形のように感じるのではないか、とも思えるほど上手に地形と遊歩道、そして川が配置されていた。擁壁護岸、捨て石、土工の傾斜堤の配置の妙であろう。
対象地の最上流部は、災害前からの木々が残され、どこをどう手当たのか、情報が無ければ分からないほどで、デザイン監修者の腕の確かさに唸ってしまった。そこから、下流部に向かって歩いたが、先の印象は変わらなかった。
現地を訪れたのは平日の3時過ぎで、既に数名が散歩していた。しばらくすると下校時の高校生と思われる数名が三々五々到着し、公園のあちらこちらに散らばり、最後は川原川の小さな橋に集まって談笑し、それを街の人が嵩上げ地盤を結ぶ橋の上から眺めるという光景に出会った。
背景に氷上山も見えて、「川でもあり 公園でもある街の空間」を創造する、という設計時の目論見が成功していることを確認した。設計意図を実現し、市民にも親しまれていることを高く評価し、最優秀賞としました。
ただ、河川景観としては重要な視対象となる橋のシルエットにはがっかりした。応募(評価)対象外のようだが、せめて、フェイシアラインを橋台まで通し、親柱を適正な位置に配置するだけでも見違える空間になったであろうことは、今後の同種の事業をするかもしれない方々への事前のお願いを込めて、ここに記しておきたい。(松井)