岐阜県 多治見市 音羽町 1-229
駅前広場
敷地はJR多治見市駅北口にあり、区画整理事業により駅正面に広場用地が確保された。ここに明治時代に多大な労力で多治見盆地に引き込まれつつもすでに暗渠化されてしまった「虎渓用水」を新たに駅前に引き込み、水と緑に包まれた新しい市のシンボルとなる広場が計画された。多治見盆地の中でも最も低い場所に位置しており、広場はゆるいすり鉢状に凹んでいる。いわば盆地の中の盆地である。すり鉢形状の主な理由は二つあり、一つは用水の流入レベルと流出レベルが計算上確定しており、そのレベル差を視覚化し、水音というもう一つのデザイン要素を最大化するためにすり鉢形状が適していたこと。広場に入り込むと道路レベルから降りてくることで水の音により包まれる感覚がある。もう一つはこの形状によりどこからでも広場が眺められること。駅を含め全方位から広場へアクセス可能な立地であり、どこからでも広場の全貌が眺めることができる。駅周辺のイメージを変え、広場の中に人を誘い込むにはこの形状が合っていると考えた。
土岐川から引き込まれた虎渓用水は地表下ギリギリのレベルで広場まで導水しており、毎秒200L の水が3段にわたって落水しながら広場を巡り、それらに絡まりながら園路や小さな広場が設けられている。どこにいても水の気配があり、散歩したり一休みしたり、お互いに「見るー見られる」の関係が成立しており、公共空間で他者と場所を共有する仕組みが様々に組み込まれている。
また広場を最もよく望める三つの角には大きなあずまやが用意されており、大小様々なテーブル席やカウンター、自由に使える段差など様々なしつらえが用意されている。ここは暑い日でも雨の日でも、ランチ、おしゃべり、勉強、会議など自由に使える公共の居間となっている。噴水広場は子供達の憩いの場であり、イベント時にはステージともなり、夏のビアガーデンなど日常もイベントも受けとめ常に人の姿がある広場を目指した。
駅の北側へ出る階段の上から緑と水の煌めきが目に飛び込んでくる。四角い広場には、用水路沿いの様々な要素、流れる水に沿う細道や橋や草の土手、小さな落ち水や淀み、歩くにつれて変化する水の音や木々の葉の音などが折りたたまれて詰め込まれている。周囲よりも低く設えられているために、広場に入ると街の喧騒が消え、水音に包まれる。この設定はとても効果を上げている。私が訪れたとき、広場のそこここに陣取った地元の高校生たちが本やノートを広げ、図書館のように過ごしていた。駅前のマクドナルドではなく広場で。こんな広場があっただろうか。いや、このような広場がなかったから高校生たちはやむなくマクドナルドに居たのだ。
気になったこともある。私が訪れた時、植栽地の多くが雑草に覆われ、この広場が高い頻度の維持管理を要求する施設であることを示していた。また、広場の中には様々な舗装や壁や休憩施設が密度高く配置され、それぞれの意匠が異なるために空間の広がりに対する要素が過剰に感じた。ただし、こうした高密度のランドスケープはやや閑散としたこの駅周辺の街並みを新しく牽引するものだと捉えることもできよう。今後も見守りたいと思う。(石川)
広場や公園が「日常の居場所」をテーマに計画されている昨今であるが実際に意図通りの居場所をつくれている事例ばかりではない。そんな中で、虎渓用水広場でまず驚いたのは日中夜間を問わず沢山の学生が居る。居心地がいいから、広場に点在する3つのテラスで思い思いに自由なスタイルで勉強しているのである。ランドスケープは高低差のある水路を巧みにデザインし、いくつもの水の流れ落ちる音が心地よく響き、水際は田んぼの用水路のようなあいまいさや石積みの水路もあり表情が多彩だ。園路全域は細部にわたって周到にデザインされていながら緊張を強いることがなく穏やかな気配に満ちている。大広場と分散する小さなテラスはそれぞれ申込制で貸し切りにすることもでき、実見時にも大広場でイベントが行われていた。虎渓用水広場は優れたデザインによって、多治見駅前の風景と人の行動を激変させており最上級の駅前広場である。にもかかわらず、できることなら暗渠となっている元の用水とのつながりを可視化してもらえたら、治水の歴史や営みに思いをはせることができたのにと土木デザイン賞ならではの贅沢なお願いをしたくなるほど素晴らしいプロジェクトであった。(長町)
※掲載写真撮影者は左から1・2・3枚目が吉田誠、左から4・5・6枚目がオンサイト計画設計事務所