熊本県八代市渡町字遙拝
床固工
一級河川・球磨川は、「日本三急流」の一つであり、「球磨川 48 瀬」をはじめ多くの瀬が存在する。その清涼な水質と多様な流れが、名物尺アユをはじめとする多くの生物を育んでおり、中でも、遙拝堰直下の水域は、アユにとって重要な産卵場となっている。しかし、近年の河床低下等により年々瀬が減少するとともに、アユ等の生物が減少傾向にあることが確認された。そこで、瀬を再生するために床固工「八の字堰」を設置することとした。
「八の字堰」は漢字の「八」の字の形状である。これは、かつてこの地に肥後藩主加藤清正が築造した「八の字堰」の形状を再現したものであり、八の字の下流には瀬・淵や砂礫河原など、かつてのような河床が形成される。良好な瀬の再生とともに歴史的土木遺産の再現を試みたことがこの事業の特徴である。
事業にあたっては、河川工学、魚類、景観、地域の歴史に関する専門家及び行政機関で構成する「球磨川下流域環境デザイン検討委員会」にて計8回議論を重ね、「清正由来の八の字堰の形状を基本とする」、「アユ等の生息環境に配慮する」、など6点の方針を設定するとともに、計画~設計段階で助言を得た。
「八の字堰」は、球磨川の自然環境や景観との調和、球磨川の流れ、土木遺産の復元の観点から、可能な限り流域の石材を活用した石組み工法を採用した。設計は、古文書等を元に清正の土木手法を参考にしつつ、福留脩文氏が取り組んできた近代の河川工法を基本に検討した。また、高さ、位置等は熊本高等専門学校の協力を得て水理模型実験を実施し確認した。施工では、巨石のそれぞれの形に合わせ石をがっちりかみ合わせるために、八代が誇る石工たちの手作業で設置する等により、安定性の高い「八の字堰」が実現した。
「八の字堰」完成後、瀬の面積の増加及び、アユの遡上数の増加が確認され、良好な河川環境と共に、地域の歴史を蘇らせることによる新たな名所づくりにもつながっている。
名物尺アユを育む球磨川。しかし、近年の河床低下によりアユの生息場となる瀬の劣化が進んでいるという。本作品では、加藤清正公が球磨川に築造した歴史的遺構“八ノ字堰”を再現し、劣化著しい瀬を見事再生している。現地を訪れたのは9月中旬。7月の球磨川洪水による影響を心配しながらの実見となった。球磨川一杯に両翼のように広がる八ノ字状の荒々しい瀬が印象的である。先の洪水で周辺の地形が大きく浸食されている中で、この構造物は完成時の形状を崩さずに維持しているようだ。現代の石を使った構造物の多くは意匠こそ空構造に見えるが、その実は練構造である。しかし、本作品は、石の組み合わせだけで流水に対して安定な構造物に仕上げている。驚嘆すべき技術である。また、八ノ字の下流側には淵も形成され、本来の役割である瀬淵構造の再生にも成功しているようである。もとより、日本国内の多くの大河川では球磨川同様に河床低下が進み、中流域における瀬と淵の消失、生息場としての価値が低下していると推測されているが、これを改善する手法の開発は遅れていた。大河川にも適用可能な八ノ字堰は多くの可能性を秘めている。これからも楽しみな作品である。(萱場)
八の字堰のある球磨川は鮎の産地として知られ「尺あゆ」とよばれる大型の鮎が名物であり、地域にとって鮎は最重要の観光資源の1つである。このプロジェクトは、鮎などの川魚の餌場であり産卵場所である多数の瀬が、治水と経年変化によって水床が低下し産卵環境が著しく劣化消滅していることに対し、江戸期の文献をもとに堰として再生し、鮎をはじめとする河川の生物多様性を再生しようという試みである。流速シミュレーションや水流模型実験などを経て、鮎の産卵環境として最適となるようち密に計画された新たなる堰は、石工の高い技術によって施工され、護岸域からは自然環境とほとんど見分けがつかないほど風景に溶け込んでいる。日本の各地にみられる人の活動によって失われかけている人間以外の生物の生息環境を、人間の知見と技術によって再生することが可能である事実は、多くの自然環境再生に取り組む人々を勇気づけるに違いない。美しい八の字堰は、河川広場での新たな使いこなしが生まれ、観光名所にもなりつつあり、地味ながらも画期的な現代土木の粋として長く環境を支えていくに違いなく、このようなプロジェクトこそ土木デザインの神髄だと感慨深く思った。(長町)