群馬県吾妻郡 長野原町 川原畑
多目的ダム
八ッ場ダムは昭和22年のカスリーン台風の大被害を契機に、洪水調節による下流部洪水被害の軽減と首都圏の水資源開発などを目的として利根川の支流、一級河川吾妻川に建設される多目的ダムである。昭和45年に建設事業着手、水源地域の生活再建に取組ながら68年の事業期間を経て、令和2年3月に八ッ場ダム本体が完成した。
ダム建設地には名勝吾妻峡(昭和10年に国指定)が存在し、代表的な景勝地の八丁暗がりには渓谷右岸に遊歩道があり、新緑や紅葉の時期に多くの人々が訪れる。当初、ダム建設地は八丁暗がりの中心に位置し、吾妻峡に大きな影響を与える恐れがあった。文化庁と協議の結果、ダム建設地を約 600m上流へ変更し、名勝指定区間の 3/4 の区間を保存するとともに、改変される地形・景観や周遊路に対する配慮と景観設計、名勝渓流の流水の正常な維持、ダム完成後も含めた保存管理体制構築といった配慮事項を検討・実施することで吾妻峡への影響を低減し建設することとなった。
文化庁の協議を受け、配慮事項について八ッ場ダム環境デザイン検討委員会を設け平成19年12月より検討した。構造物デザインは模型や現場確認等を通じて検討を重ねるとともに、丁寧なデザイン監理を行い、設計や施工に反映した。具体には、長期の検討に対応するため基本となるデザイン方針を定め、シンメトリーを基本とするダム堤体形状、建屋高さの抑制など堤体以外の付属施設の景観影響を極力低減するデザインとした。加えて、ダム管理上の機能と地域資源価値向上を両立のため、名勝の本質的価値を損なわない周遊動線のデザイン、一般開放を考慮した減勢工橋梁や管理棟、多目的エレベーター棟、堤体下部苑地とエレベーター棟を繋ぐエントランス等、苑地全体をダム堤体とも共通するデザインコンセプトによりデザインし、ダム空間のトータルデザインを実現した。
その結果、年間20万人以上が訪れる地域資源となり地域活性化に貢献している。
八ッ場ダムの現場を訪れて、このダムには3つのデザインがあると考えた。ひとつは、環境インパクトを最小化する計画時のデザイン。次に、ダムそのもののデザイン。そして最後はダムを含む水源地域のデザインである。八ッ場ダムでは、下流の渓流環境を極力保全するためにダムの建設地を600m上流に移動させるという英断をしている。現地に行くと、巨大なダムと静かな渓流環境の近さが共存していることに驚く。そして渓流の荒々しさはむしろダムの放流設備サウンドスケープによって感じるという不思議な空間となっている。八ッ場ダムそのもののデザインは、シンプルさのなかに用強美を体現した洗練されたデザインとなっている。主張しない「地」のデザインと言ってもいいであろう。そして、一番成功しているのはダムを中心とした水源地域のデザインである。周辺の山間部を抜けてダム湖のある地域に入ると突然華やぐ。周辺の道路や観光施設などのインフラ整備をはじめ、ダム自体を観光資源としたみせるデザインや資料館や施設ガイドなどのソフトのデザインも充実している。ダムを軸とした水源地域への波及効果のお手本となる土木デザインとなっている。(中村)
68年に及ぶ紆余曲折を経た八ッ場ダムは、名勝吾妻峡への影響を抑えるため、ダム建設地を約 600m上流に変更し、名勝指定区間の 3/4 を保存することに成功している。下流側の堤体は巨大な壁として圧迫感を抱かせるケースもあるが、八ッ場ダムは中央越流部に矩形を基調とした門型のファサードを採用し、そのシンメトリーなデザインによって心地よい安定感を作り出している。取水設備やEV等、ダムの管理に必要な操作棟も高さが抑えられ、統一された設えによって天端空間の整序感が促されている。堤体境界部のフーチングも、左岸側にやや苦労の跡が感じられるものの、可能な限り小型化し、自然地形との連続性が図られていた。非常用洪水吐きクレストゲートの緑色と減勢工を渡る管理橋の赤色がアクセントとして目を引き、堤体上から眺められる吾妻峡の美しさは勿論、峡谷に備わる雄大なダムの造形を楽しめる休憩スペースも随所に見られた。ダムの天端や上記管理橋等だけでなく、少し離れた道の駅八ッ場ふるさと館にも多くの観光客が訪れており、八ッ場ダムが周遊観光と地域の活性化に貢献していることが実見できた。風格ある八ッ場ダムの形姿と、粘り強く、ダムの完成を導いた土木技術者の信念に敬意を表したい。(柴田)