山口県長門市深川湯本(長門湯本温泉)
街区・地域開発 高質空間創出事業
長門湯本温泉は山口県長門市の音信川沿いに広がる温泉街であり、本事業は「温泉地再生」という高い目標実現のための強力な公民連携(行政・専門家・地域事業者・住民により構成)による取組であり、整備範囲は温泉街全域(19.3ha)である。事業の柱として「公共空間の使いこなし」「公衆浴場の民間による再生」「リノベーションと企業誘致」をかかげ、それらの成立基盤としての魅力的なランドスケープ&夜間景観デザイン、景観ガイドラインが求められた。「つかう」目線先行でスタートし、最終的にハードデザイン「つくる」や、運営主体・仕組み「育む」に反映させるプロセスが、本事業の最大の特徴である。また、新設の土木デザインはもとより、川床の設置や安全運用、交通再編や道路活用、全域をプログラム制御する照明などは、すべて地域が参加し価値と課題を共有し、社会実験の検証を経て常設で実装、事業者誘致にもつなげた。また整備後の公共空間運営団体として「オソト活用協議会」(道路河川活用団体)が、地域運営とDMO機能として「長門湯本温泉まち株式会社」が設立された。民間リノベーションや新規事業者も増え「オソト天国」をステイトメントとして再生された長門湯本温泉は、良質な公共空間や夜間景観と共に、多様な情報発信が常に発信されている温泉地として確実に来街者を増やしている。
本事業の成果は、長門湯本温泉全域の公共空間再整備(土木・照明)、公衆浴場の民間再建1軒、新規民間温泉宿開業1軒、飲食店新設1軒、民家リノベーション新規開業11軒、周辺民間施設の修景及びリノベーション8軒、萩焼作家組合の創設、まち運営組織新設2社(河川&道路運営、エリマネ)、景観ガイドライン及び景観協定締結、社会実験実施8回、住民ワークショップ85回、河川内活用施設8カ所、道路活用エリア整備4カ所と、ハード整備はもとよりその継続に不可欠な組織づくりまで多岐にわたっている。
コロナ禍も相まって、全国地方都市の温泉街は苦しい状況にある。ここ長門湯本温泉街では基本構想から数えて約5年の歳月を費やし、河川、道路を中心とする土木空間の「活用」と運営組織設立や社会実験といった実に多くの「活動」が積み重ねられている。河川内に新設された川床や飛び石は、温泉街全体の回遊性とともに「絵になる場所・佇む空間」を創出していた。さらにそれらを継続的に使いこなす維持管理体制の構築も特筆しておきたい。道路内では狭窄部を戦略的に活かし、ベンチを備えた空間をつくり出すなど、歩車共存道路への転換を果たしている。また以前は駐車場であった場所に「恩湯広場」を新設し、人中心の水辺空間を見事に再生させた。特に恩湯広場から山側駐車場に繋がる竹林の階段は、本温泉街の絵になる風景を支える象徴的な空間である。夕暮れには小気味よく配置された行灯とスポットライトが灯り始め、その幻想的な夜景は多くの来訪客を魅了する。音信川に架かる橋の手摺りにも間接照明が仕込まれ、陰影をもつ情緒溢れる明かりが温泉街全体を包んでいる。実見時にも浴衣を着た多くの観光客が写真を撮りながらそぞろ歩きする姿が見られ、なんとも幸せな気持ちにさせられた。また築約60年の元薬局がクラフトビールの醸造所にリノベーションされるなど、川沿いに建つお店の活性化と洗練された佇まいへの変化が波及効果として捉えられる。ポストコロナの道標としても、本プロジェクトは冒頭で述べた苦境にある地方都市の温泉街に勇気を与えるに違いない。(柴田)
長門湯本温泉にとって,何が大切なことなのか。ゆっくりとこの街を味わう中で感じたのは,本質的な問いを常に問いかけ,粘り強く答えていった成果が,この空間整備なのだろうということであった。街の個性は,歴史によって育まれる。この温泉の原点となる恩湯は,音信川に大きく開いた広場とつながり,この街の核を明快に可視化する。もともと恩湯は温泉から西へ1kmほど離れた大寧寺の修行僧が体を癒す温泉であったが,長い参道も適切な整備が行われており,そこには歴史に対する敬意がある。また,歩行者の回遊性も大切である。街中に点在していた駐車場は高台に集約され,音信川に並行する道路は歩行者中心のシェアドスペースに生まれ変わっている。駐車場からは,表通りのような風格の竹林の階段で恩湯広場に直接つながり,そぞろ歩きを楽しめる屈曲した紅葉の階段で音信川にもつながる。車両を排除したり,狭窄部を作ることで生まれた道路のスペースには,様々なベンチが設置され,私たちはいつでも好きなように足を休めることができる。そして,街には最上級のおもてなしがある。素晴らしい夜景が,宿泊客の夜の散歩を楽しませてくれる。私が訪れた日は台風がすぎた直後で川の水位が高く,川床は水没していた。しかし水位が下がった翌朝には,川床にパラソルやベンチが設置され,音信川を私たちが楽しめる準備がなされていた。3年ほどかけて社会実験をしながら検討・整備された成果は,上質な空間をつくるだけではなく,長門湯本の人々の心を自然に感じられるおもてなしとしても結実している。(星野)
※掲載写真撮影者は左から2・4・6枚目がYasunori Shimomura