青森県中津軽郡西目屋村大字居森平~藤川地内
多目的ダム(洪水調節、流水の正常な機能の維持、かんがい用水、水道用水、工業用水、発電)
世界自然遺産白神山地に源を発する岩木川は、弘前市など6市5町2村、人口約45万人を流域に抱えている。白神山地の玄関口に位置する津軽ダムは、流域の暮らしを守るため、目屋ダムの再開発事業として建設された。津軽ダムの整備によって、世界自然遺産白神山地へ至る動線上に多種多様な構造物(ダム堤体、原石山跡地、道路、橋梁、建築、広場など)が新たにつくられる他、巨大なダム湖(津軽白神湖)も形成されることから、これらの新たな景観要素が、ブナ・ミズナラ林を中心とする周辺の雄大な自然環境と調和する必要があった。
そこで、津軽ダム建設事業に係る景観形成については、“白神の自然と人が出会う優しい新風景づくり”を基本理念として位置づけ、ダム堤体からダム湖周辺の各所に配置される関連施設に至るまで、一貫した検討体制・デザイン思想によるトータルデザインを実施し、また、長い供用を見据えた丁寧なデザインを心掛けることで、白神山地の玄関口として相応しい新たな風景の創出を目指した。景観設計では、地元西目屋村が推進するダムツーリズム・エコツーリズムと一助となるように、流域の暮らしを守る土木構造物としての役割に加えて、来訪者にとって楽しく親しみやすい場所を提供することで白神山地を訪れる人がついでに立ち寄るところにとどまらず、ダムサイト自体が来訪の目的地となるような魅力ある空間づくりをさらなる目標と位置付けた。構造物の形状の乱雑さの低減や法面の緑化修景といった風景へのマイナス要素を極力取り除くことにとどまらず、印象的な視点場の創出とそこへのアクセス動線の確保を行うことで、来訪者の体験にとってプラスを提供できるように検討を行った結果、堤体下流面のアクセントとなる張り出しテラス、放流を間近に見上げられるバルブ室屋上の眺望スペース、ダム湖を見下ろす取水設備上屋の歩廊、堤体下流左右岸をつなぐ橋梁などが実現した。
西目屋村から道を行くと農村風景の中でその姿と出会う。コンクリート素材そのものと周囲の自然環境との対比による調和の景観である。水平性を限りなく強調し、全体にリズム感と陰影を与えることで、ダム堤体全体が一つのオブジェとして認識できる形状とした成果である。様々な機能を堤体内に収め、取水棟の高さを抑えるなどの詳細の積み重ねが功を奏している。スケールは違うが、遠景の山並みを強調して近景の風景と対話させる庭園における借景の技法とつながる構成といえよう。ダム湖面と樹林や地形の関係も、自然保全と復元により、水面と映り込みの美しい対比が実現している。また、岬形状の修景盛土は、景観にアクセントを与え、付け替え道路からの見る見られる関係、周辺景観との親和性を高めており、訪れるためのダム景観がダイナミックに立ち現れている。一転、ダムの天端では、コンクリート素材と対比させた濃いグレーの欄干や手摺などが人々を出迎える設えになっている。管理庁舎をはじめ、湖面利用を図る建築施設群も、このコンクリート素材と濃灰色あるいは、木の素材で構成されており、統一感と個性を持たせることに成功している。
湖面利用を図る護岸や、管理庁舎前の駐車場周辺の景観に、おもてなし感と周辺環境とのさらなる調和の工夫が必要だと思われるが、利用者の声を聞き少しずつ改良されることを望みたい。
白神山地の玄関口となる津軽ダムが、流域の暮らしを守り、長い年月をかけて人々が関わり続け、近くにある岩木山神社のごとく、新しく愛される風景へと育まれていくことを願う。(忽那)
「横綱」といえよう。事業規模、期間、目配りされた対象とその密度。よくぞここまで、と感服する。まず、ダム堤体に対する基本セオリーとして、天端ラインの整序と堤体の表情づくり、大地との繋ぎが鍵となるが、それらが基本構造レベルでしっかりと整っている。つまり装置類の突出を抑え、巨大なスケールにあったリズム感のある造形を施し、堤体の縁にそう階段をコンパクトに収めて、基本の「き」が上質な形になっている。その上でダムを訪れた人が目にするあらゆる対象を、見られることを意識した造形としてブラッシュアップしている。管理棟を始めとする諸建屋と天端空間において特にその密度が高く、材料も高質である。訪れた人をもてなすデザイン密度の高さがこのダムにおいては突出しているのだ。
加えてこうした「もの」の完成度とは異なる次元で、ダムという構造物が作り出す場の構成へ踏み込んでいる点が注目される。堤体近くの俯瞰のための視点場とダム湖に擦り寄る水際の視点場である。特に津軽白神湖パークと名付けられた岬状のランドスケープのアイディアは、ダムツーリズムへの貢献度も高い。アイレベルからみた空間構成と造形にはやや物足りなさもあるがマクロなスケールにおける効果は極めて高い。
と、ついついデザインの手が入った箇所に注目してしまうのだが、人々の目が捉えるのは、樹林の美しさとそれを引き立てる湖面であろう。その人工の自然風景の美しさのために、「もの」の質をここまであげる必要があると確信して臨んだデザインチームのエネルギーに改めて敬服する。(佐々木)