選考結果について

優秀賞

東京都野川における自然再生事業Nature Restoration at the Nogawa River in TOKYO

【東京都小金井市中町1丁目~東町5丁目】
用途 / 河川(調節池及び河川)

 野川の自然再生事業は、東京の市街地を流れる野川と調節池を対象に、事業対象地区にかつてあった水のある豊かな自然環境を再生することを目標とした、自然再生推進法に基づく事業である。
 事業は、自然再生協議会(市民、市民団体、学識者、行政機関で組織)に設計内容を提示し議論の結果を設計にフィードバックしながら、協議会での合意を受けて初めて事業を実施する体制としている。設計内容の議論を行う中で、「自然再生事業の整備や維持管理に関する基本原則」を作成し、以後のデザインの基本とした。材料の基本は土・木・石とし、原則では、①人工物は極力不使用、②人工エネルギーは原則不使用、③人為的な移植・移入を行わない、④水源は野川からの取水と雨水とする等を定めている。市街地ゆえ、オーバーユース等の課題はあるが、立入禁止区域は原則設けておらず、草刈りの実施頻度・時期の差異により立入しづらい環境づくりやふれあい活動・イベント開催時のPRを通じて、理解を得るようにしている。
管理型の自然保護ではなく、身近な自然とのふれあいの場を再生し、次世代に残す考え方である。
 整備は2006年から2010年にかけて段階的に実施。その間、先に整備した箇所について、整備後維持管理を担う野川自然の会の意見を受けて、維持管理しやすい設計に反映している(例えば、水路について生物の生育生息の点から土羽構造としたが、維持管理の手間から次年度の整備箇所は木板構造や既存U字溝を改良して活用)。さらに、管理運営を担う野川自然の会を事業開始とともに立上げ、簡易な維持管理、ふれあい活動等の推進、モニタリングの実施、野川からの取水量の調整等を担うよう、東京都と覚え書きを締結し、実施する維持管理の「しくみ」もデザインした。
 さらに、2011年、2012年と、それまでの事業の効果について、モニタリング結果やふれあい活動・イベントの参加動向等から把握し、その結果を踏まえて、2013年以降の整備計画を見直すなど柔軟な対応を進めている。 

《主な関係者》
◯平井 正風(野川第一・第二調節池地区自然再生協議会会長)/自然再生協議会における設計内容の検討とりまとめの主導及び指導
◯奥田 好一(株式会社地域開発研究所、株式会社東京建設コンサルタント(当時)株式会社東京建設コンサルタント(現在))/自然再生事業に係る設計
《主な関係組織》
○東京都建設局北多摩南部建設事務所/計画から事業までの調整と実施施工監理
○野川第一・第二調節池地区自然再生協議会/事業内容・設計内容の検討とりまとめと合意形成
○株式会社地域開発研究所/第一期自然再生事業の設計協議会意見のとりまとめと設計への反映
○野川自然の会/自然再生事業区域の管理運営(モニタリング、維持管理活動、自然とのふれあい活動に基づく、整備形態に対する提言)
○株式会社東京建設コンサルタント/第一期自然再生事業の設計、協議会意見のとりまとめと設計への反映、順応的管理(第一期事業の検証)による第二次実施計画の策定(第二期事業の方向性の決定)
《設計期間》
2005年~2010年
《施工期間》
2006年~2010年
《事業費》
約1.8億円
《事業概要》
【野川の諸元】
・流路延長:20.23km
・流域面積:46.3k㎡(野川流域としては、
他に仙川流域19.8k㎡、入間川流域3.5km2がある。)
・市街化区域面積:46.3k㎡(流域の100%)
・流域人口:約749,000人
(H15年時点。仙川流域、入間川流域を含む。)
・流路勾配:1/280(野川最上流~多摩川合流点)
・下水道普及率:概成100%
・雨水整備率:97.4%(合流式区域を含む)
【自然再生事業対象地区】
・野川第一調節池、野川(二枚橋-小金井新橋間)
【調節池の概要】
・野川第一調節池:貯留量21,000㎥、貯留水深1.8m、
昭和58年度完成
・野川第二調節池:貯留量28,000㎥、貯留水深1.9m、
平成元年度完成
【主要施設(自然再生事業により整備した施設)】
・ため池、取水堰、たんぼ、湿地、雨水貯留施設、水路、
活動支援施設(国産材ログハウス)、越流堤の緑化等
《事業者》
東京都建設局北多摩南部建設事務所

講評

 環境デザインのプロジェクトはいつも新築ではなく、改修計画である。現代社会のニーズにあわせて新しい価値へと空間を更新していく作業である。このプロジェクトはそういう基本的な事を丁寧に実現しているプロジェクトなのだと思う。また、そのプロセスの中に市民の意見が含まれるのも、とても現代的なアプローチである。
 ただ、自然再生という言葉は実はとても困った言葉である。エコロジー的な発想において同じ自然など存在しないからだ。その場所と時間の関係で、自然そのものも遷移しつづける。遷移の途中のどの部分を「自然」としてとらえるのか?人が管理する自然は、ある一瞬の静止した状態を保つのではなく、遷移の途中の一連のサイクルを繰り返し再生する事のようなものだと私は思っている。
 今後我々は、切り取った遷移の途中の「繰り返し再生される自然」を、さらに大きなスケールの中で評価できる手法を構築しなくてはいけない。(戸田)

 7月下旬、暑い。子どもたちが野川に入って魚捕りをしている。その脇に野川第一調節池が
ある。背丈を超えるヨシをかき分けてドジョウ池に入っていく。ちょっと怖いけど覗いて見たい。こどもの頃のドキドキ感がよみがえる。メダカやおたまじゃくしの姿が見える。小さな田んぼには市民が植えた稲が穂をつけている。顔を上げて西を見やると武蔵野公園の樹林に囲まれた谷戸の風景が広がる。くっきりとした青空。懐かしさを感じる。
 都市化によって失われたもの。それはこのような谷戸の風景。つまり生き物が賑わう風景である。洪水調節池の中での小さな自然再生によって生き物が戻ってきている。そこに子どもがわいて出てくる。身近な生き物とふれあえる場を次代に伝える。大事な視点だ。市民団体の身の丈に合った自然再生(持続的な維持管理)、段階的整備、保全と利用を調整する植生管理。市民との合意形成を含めて丁寧な取り組みがなされていると思う。(吉村)