選考結果について

最優秀賞

天神川水門Tenjingawa-Watergate

島根県松江市
宍道湖水位上昇時における天神川への流入防止施設

宍道湖の東岸に位置する天神川では、宍道湖の水位が上昇すると宍道湖水が天神川に流入し浸水被害が生じる。天神川水門は、宍道湖の水位上昇時における天神川への流入防止を目的として、宍道湖と天神川の合流部に設置された治水施設である。計画地周辺は島根県立美術館や岸公園、白潟公園が整備され松江市景観計画において夕日の展望台として位置づけられ、水都松江の代表的な水辺空間を形成している場所であったため、治水機能を果たすと同時に周辺景観との調和や水辺利用に配慮した施設である。
2.デザインの“ねらい”及び“配慮した点”
①宍道湖への眺望を妨げない施設
・門柱のないライジングセクタゲートを採用し、地上から突出する構造物は防護柵と操作室だけとした。
・突出する構造物の配慮として、防護柵は支柱厚を薄くして透過性を確保し、操作室は周囲に高木植栽を施し建物の大きさを和らげた。
②周辺水辺空間との調和
・両岸の公園利用者が水門を正面から見た際に巨大なゲートが目に触れないように管理橋をゲートよりも宍道湖側に配置した。
・水門自体の圧迫感を抑えるためコンクリート表面に「はつり仕上げ」を施した。
・操作室の宍道湖側にはベンチを設け公園施設の機能をもたせた。
③水辺の魅力の創出
・管理橋を一般開放することで、『両岸河川公園を結ぶ新たな歩行者動線(水辺の散策路の開通)』及び『湖面上から宍道湖を眺望できる新たな視点場』を創出し、水辺の魅力を高めた。
・右岸側の岸公園にある水際遊歩道を水門まで延伸することで水辺空間の親水性を高めた。
3.作品の実現に向けた取り組み
・設計時は、松江市景観審議会に諮り地域の専門家の意見を確認しながら丁寧に進めた。
・施工時は、設計者の定期的な施工管理によって設計意図や留意点、現場での問題点を共有しながら進めた。また、コンクリート表面のはつり仕上げや防護柵、管理橋舗装等は実サンプルを作成し仕様を決定した。

《主な関係者》
○重山 陽一郎(高知工科大学システム工学群 建築・都市デザイン専攻)/水門デザインの立案、設計時及び施工時におけ るデザイン監理
○山本 晋一(いであ株式会社 大阪支社 水圏部 技師)/水門実施設計、関係機関調整、施工者との調整
○久一 博世(いであ株式会社 中国支店 水圏部 技師長)/水門予備設計
○加賀 清(いであ株式会社 中国支店 水圏部 グループ長(当時)、いであ株式会社 中国支店 水圏部 部長(現在))/水門予備設計
○西尾 正博(出雲河川事務所 調査設計課長(当時)、出雲河川事務所 副所長(現在))/水門実施設計、関係機関調整
○神庭 治司(出雲河川事務所 建設監督官(当時)、出雲河川事務所 出張所長(現在))/水門実施設計、関係機関調整
《主な関係組織》
○国土交通省 中国地方整備局 出雲河川事務所/事業の基本構想の立案、各関係機関との調整
○松江市景観審議会/水門デザインへの助言及び承諾
○松江市 歴史まちづくり部 公園緑地課/白潟公園内への水門操作室設置の承諾 (※白潟公園管理者:松江市)
○島根県 河川課/当該水門計画調整 (※天神川管理者:島根県)
○出雲土建株式会社/天神川水門右岸側の施工
○松江土建株式会社/天神川水門左岸側及び操作室の施工
○株式会社IHIインフラシステム/ゲート設備の詳細設計及び施工
《設計期間》
2009年12月~2011年3月
《施工期間》
2012年7月~2015年1月
《事業費》
99,000,000円
《事業概要》
1.設置環境
・「松江市景観計画」の夕日の展望地として位置付けられ、右岸側には島根県立美術館及び岸公園(土木学会デザイン賞2003最優秀賞)、左岸側には白潟公園(松江市都市計画公園)がある。
・島根県立美術館や両岸は公園であることから観光客が多く、地域住民の憩いの場として利用され、宍道湖の代表的な水辺空間である。
2.主要施設
・ゲート工、本体工、管理橋、取付護岸、操作室
3.主要諸元
・ゲート形式:ライジングセクタゲート
・開閉形式:油圧モータラック式
・材質:SUS304(扉体中央)、SUS316L(端部円盤)
・扉体幅:16.4m
・扉体高:3.5m
・径間数:2径間
・本体工延長:L=12.0m
・管理橋幅員:3.5m
・取付護岸延長及び形式:右岸上流L=18.8m(矢板護岸工+練石張護岸工)、左岸上流L=5.2m(練石積護岸工+捨石工)、右岸下流L=12.1m(矢板護岸工+CO護岸工)、左岸下流L=6.1m(矢板護岸工+CO護岸工)
・操作室:RC構造、平屋建、延べ面積60.34m2
《事業者》
国土交通省 中国地方整備局 出雲河川事務所
《設計者》
(水門施設全体)
高知工科大学システム工学群 建築・都市デザイン専攻 重山 陽一郎
いであ株式会社 大阪支社、中国支店
(ゲート設備詳細設計)
株式会社IHIインフラシステム
《施工者》
(1期施工者)出雲土建株式会社
(2期施工者)松江土建株式会社
(ゲート設備施工者)株式会社IHIインフラシステム

講評

 周辺地域を水害から守り、地域住民の安全・安心を支えるこの水門施設は、地域の人でさえ湖岸の遊歩道整備と見間違えるほど、自己主張なく生活の利便性を向上させている。宍道湖の場所性と価値を読み取り、優れた眺望を決して妨げないとするコンセプトの立案とその実現が、そして構造物本体と周辺施設のトータルデザインと実現に向けた手法が、特に優れるため「最優秀賞」に選定された。
 水門は一般に、ゲートを上下して水位を調整する門柱が突出したローラーゲートが多い。ここ開放的なウォーターフロントの中心部に、また市の景観計画における夕日の展望地に、地上10m規模の土木構造物が出現する姿を想像した時、今回の関係者の判断に素直に感謝すると同時に、構造等の知識が優れた風景を守る事実を、多くの土木関係者に知らしめる機会としたい。
 構造本体は、回転する構造上の特徴を視覚的に理解しやすい造形・ディテールとし、表面のはつり仕上げは、耐久性の実験を経て決定している。また、左右の水門施工は、時期と業者が異なるが、設計者が工事連絡会で情報共有を図り、コンクリート工場やはつり職人を同じにすることで、仕上がりを安定させている。
両岸の橋詰め舗装や護岸はそれぞれの既設公園のデザイン・材料にそろえ、操作室も公園施設と同じデザインにするなど、統一感に注意が払われている。管理橋は豆砂利舗装で控えめな特別感を演出し、唯一歩行面より突出する防護柵は細いシンプルな形態で透過性を実現し、併せて新たな水上視点場の創出にも成功している。(髙楊)

 実家は天神川まで5~6分、子供の頃からなじみの川である。
 松江は街と水の高さがほどよく近い。だから、大水が出る。宍道湖の水がゆっくり、静かに街に溢れ出す。この大水をなくすのがこの水門の役割である。水門は2015年の1月に竣工を迎えているが、それから、何度も前を通っていたはずなのに水門そのものの存在に気づいていなかった。慣れ親しんだ宍道湖畔の変化に気づかされなかったことが、驚きとともに素晴らしいと感じる。管理橋においても今までは、湖岸道路を迂回していた動線を直接白潟公園と岸公園を結ぶための新しい人道橋のようにさえ感じる。 
 中央堰柱のデザインも、水門の動きを素直に取り込んだ機能美を感じ、打ち放しとはつり仕上げの境界のスリットも効いている。透明感のある手摺もよい。大好きな夕陽を湖面上から見ることのできる視点場もこの水門よって創出された。
 何よりも、ここに、ローラーゲート式などの立ち上がる水門を作らなかったその見識が素晴らしい。松江の橋南の中心とも言える白潟天満宮前の天神橋からは、高架になった山陰線の隙間から宍道湖への「抜け」が確保されている。もしも違う手法で作られていたら?この「抜け」もなかった。
 夕陽の名所で観光客や地元住民も常に訪れる、ここの環境を読み込んで、極力目立つことを避け、丁寧な素材の扱いときめ細やかなディテールの仕事は、ランドスケープアーキテクトとしての私に様々な示唆を与えてくれた。松江市民としても感謝したい。(吉村(純))