選考結果について

優秀賞

伊賀川 川の働きを活かした川づくり Space for RiverImprovement of Iga River : Keeping Space for the Course of Nature

愛知県岡崎市西魚町地内始め
河川

伊賀川は、愛知県岡崎市を流れる中小河川である。平成20年8月末の豪雨では、観測史上最大の猛烈な雨で甚大は被害が発生し、愛知県は「床上浸水対策特別緊急事業」により、三清橋から上流2。4km区間の河川回収を実施することとした。本応募区間は三清橋から瀧見橋までの490mである。堤外家屋(河道内にある家屋)の移転・撤去を柱とする河道改修が計画されたが、設計に当たって、事業者から吉村伸一(株式会社吉村伸一流域計画室)にアドバイザー協力の依頼があり、吉村が東京建設コンサルタントに協力する形で横断計画の見直しと基本設計作業を行った。
当初の横断計画は、現況の低水路形状を基にした複断面(低水路と高水敷で構成される断面)である。治水上の問題はない。しかし、この川をもっと自然的で「いい川」にするという視点で見たときに、当初計画には問題がある。それはなにか。低水路幅が狭いということである。
改修前の低水路には、瀬や淵など川に特有の微地形が全く出現していない(数十年を経ても)。それは、川の働きのためのスペースが無いからである。この計画では排水路的状況は改善できない。そこで、低水路幅を当初計画の約2倍に広げ、洪水時に運ばれてくる砂礫の堆積が起きやすい構造にすることを提起した。川の働きによる堆積を契機として、川自らの力で川らしさを持続的に再生していくという考え方である。このことによって、平らで単調だった川底に川の力で瀬や淵が形成され、河川植生が回復した。魚影が全く見えなかったこの川に、群れをなして泳ぐ魚の姿が見られるようになり、今年の6月にはアユの大群が遡上し話題になっている。
本作品は、極めて地味である。排水路のような川が「普通の川」に戻ったというだけである。だが、川が以前より元気になり、川に棲む生き物の姿が見られるようになった。そして、川と地域に住む人の関わりも生まれてきている。Space for river.

《主な関係者》
○吉村伸一(株式会社吉村伸一流域計画室)/基本設計(当初計画の見直し、川自らの力で自然が回復しうる河道計画の提案・設計)
○野村俊通(愛知県西三河建設事務所(当時)、愛知県豊田加茂建設事務所(現在))/設計調整・施工管理(提案を実現するための調整、現場における施工管理)
○市川義隆(株式会社東京建設コンサルタント)/実施設計(基本設計の具体化と調整)
《主な関係組織》
○愛知県西三河建設事務所/事業主体(当初計画を見直す意思決定、多自然川づくりの実現)
○愛知県建設部河川課/事業調整、多自然川づくりの推進
○岡崎市/地元調整、桜の植栽と管理、遊歩道の管理
○株式会社吉村伸一流域計画室/基本設計(川の働きを活かした河道計画の提案、計画模型の作製)
○株式会社東京建設コンサルタント中部支部/実施設計(基本設計の具体化)
○株式会社加藤組/三清橋~柿田橋の施工
○朝日工業株式会社/柿田橋~柿田川水門の施工
○株式会社桐山組/柿田川水門~瀧見橋の施工
○伊賀川を美しくする会/草刈り、清掃活動等
《設計期間》
2008年10月~2009年3月
《施工期間》
2009年9月~2011年9月
《事業費》
約3.5億円
《事業概要》
施工延長:490m(三清橋~瀧見橋)
石積護岸工:980m
石積擁壁工:850m(中段400m、上段450m)
石組水制工:3箇所
寄せ土工(自然な水際):660m
植生工:サクラ16本
階段工:11箇所
坂路工:16箇所
《事業者》
愛知県西三河建設事務所
《設計者》
株式会社東京建設コンサルタント
株式会社吉村伸一流域計画室
《施工者》
株式会社加藤組
朝日工業株式会社
株式会社桐山組

講評

中小河川の川づくりでは、川幅と川底の幅(河床幅)を広く取り、川の営力によって河床の地形形成を促すことが基本となる。平成20年8月岡崎市一帯を襲った豪雨は伊賀川に甚大な被害をもたらし、流下能力の向上を図るべく床上浸水特別緊急事業に指定された。本作品対象区間は幸運にも川幅の拡大が可能であり、横方向に広がりのある整備が可能となった。しかし、当初計画では河岸と水際部に2割法面が採用されていたため、川底の幅が狭く、そこから一段上がった陸域部も狭小な空間となっていた。本作品の評価すべき点は、災害復旧という時間的制約のある中で、川づくりの基本に基づき計画を変更、災害前よりも魅力ある空間として川を再生したことにあるだろう。法面を立てて河床と陸域部のスペースを確保し、水際部には寄土を行った。河床には瀬と淵が、水際には植物帯が形成され、稚魚が群を為して泳いでいるのが間近に見える。水のせせらぎと柔らかそうな緑の組み合わせが実に心地良い。既存緑地を取り込み仕立てた地形処理、立てた護岸の分節や天端の処理など細部に至る陸域部のデザインも見事である。災害をチャンスに変える。勇気を与えてくれる秀作である。(萱場)

このデザインが教えてくれるのは、余白の大切さである。思えば、川はまちにとっての余白ではないか。人の都合でどんどんとまちの余白を押し狭め、川を狭苦しいスペースに押し込めたことは、川にとっても人にとっても不幸であることがようやくはっきりと認識されてきた。川にゆとりのある空間を確保することで川を生き返らせるという川づくりを丁寧に実践した成果がここにある。生き物や水流自体への効果は、対象区間の上下流と比較すれば一目瞭然である。護岸や坂路、階段の丁寧なつくりによって生み出された小道は、まちの余白を楽しむ散歩道となっている。そして最も注目すべきは、構造物のエッジに与えられた余白の効果である。坂路や小段の縁にわずかに残された未舗装部分は、草の侵入によって柔らかな表情を生む。さらに道路と護岸の間に残された盛土部分は、管理の余白としてまちの人に見出され、自ずと湧き出た気持ちから、思い思いの花を植え、時にゴミ収集の場として、まるでまちの縁側のように使いこなされている。日常的にこの縁側にやってくる人の目は、その先の生き生きとした川という余白を見守り、自分の風景にしている。これは素晴らしいことだと思う。(佐々木)