選考委員による総評

総評2019

  • 中井 祐
    東京大学大学院工学系研究科(社会基盤学専攻)教授
    景観・デザイン委員会 デザイン賞選考小委員会 委員長
    インフラとしてのデザインという視座
    2019年度は、総数12件の応募にたいして、7月26日の第一次書類審査で実見審査の対象11件を選定、さらに10月10日の第二次審査において、複数の審査委員による現地視察報告をもとに議論し、最優秀賞3件、優秀賞3件、奨励賞4件を選定した。残念ながら選外となった作品も含め、応募くださったすべての関係各位と、本賞に協賛いただいた団体各位に、まずは心より感謝申しあげたい。そして受賞された方々には、そのすぐれた成果に到達するまでのすべてのご努力にたいして、満腔の敬意を表したい。

    すぐれた「土木(インフラ)の」デザインとはなにか。今年も密度の濃い議論が交わされた。たとえば「橋として」「公園として」の良し悪しを超えて、「土木インフラとして」のデザインのクオリティを評価する尺度はなにか。この問いは、田中賞や建築の賞、ランドスケープの賞との根本的なちがいはなにかという、本賞のアイデンティティにかかわっている。そしてこのアイデンティティは、本賞が土木といういち業界内の賞であることを超えて、ひろく現代文化の成熟に貢献する賞に育ってゆくかどうか、につながっている。
    結果として最優秀に選定された三点は、それが当該構造物として、あるいは当該空間として良質なデザインであるということ以上に、長期にわたり地域の生活や風景の姿を規定するインフラとしてのありかたにたいする信念や問題提起、可能性の追求といったチャレンジングな姿勢が、強く印象づけられるものであった。以下、個々にコメントしたい。
    女川駅前シンボル空間は、町の復興の思想を象徴するインフラとしての、戦略的役割を負っている。たんなる商業空間ではない。これから長く続いてゆく復興の道程にあって、町民だれもがいつでも立ちもどれる原点のような象徴的場所にならなければならない。この要件に、デザインチームは見事に応答してみせた。全体に充溢しているオープンでフラットでポジティヴな空気感。これが女川の復興の風景の基層となっていけばすばらしい。そしてこの空気感を生みだした、洗練されたデザイン技術とチームワーク。傑出した仕事である。
    名賀川はある意味で、今回の受賞作中、環境を構築しようとするデザイナーの意思がひときわ強い。たとえば落差工の水の造形、護岸の線形設定や石積み、樋門や水路のしつらえ、河道内に保全されたケヤキの木。周囲になじむ構造物のありかたの、徹底した追求。近い将来、構造物があたり一帯の風景にすっかり同化している様子が眼に浮かぶ。この川の風景はこうあってほしいのだ、という強靭な意思。付言すれば、その意思が、確固たる技術に支えられているからこそ、災害復旧という現場にあっても説得力を失わないのだろう。
    花園町通りは挑戦的な試みである。本来街路は、車両や歩行者が移動する通路であるにとどまらない。沿道各戸の軒先空間の集合体でもある。花園町通りは、交通空間としての機能を再構築しながら、軒先空間としての魅力をも再生し、もって街路という空間インフラを定義しなおそうとする。思い描かれた空間がゆたかに実るまで、まだ少々時間を要するかもしれない。しかし今後、歩く人が主役のコンパクトな町を実現しようとするとき、街路の再定義の試行錯誤は欠かせない。本作はきわめて有意義な試金石になるだろう。
    優秀賞の三点についてもひとこと述べたい。桜小橋と長崎漁港防災緑地は、それぞれ橋構造物として、公園空間として、そのデザインレベルの高さはうたがいようがない。草津川跡地公園は、ところどころ出来にばらつきが目につくものの、天井川の跡地を市民の多様な活動の場に転換したユニークさが際立つ。いっぽうでいずれも、それが地域のインフラとして、都市のインフラとしてどのような価値や意義を実現し(ようとし)ているのか、というデザインメッセージの強度や鮮明さにおいて、最優秀作にくらべて印象が弱かった。ただくりかえすが、秀でた仕事である。今後、地域や町に欠かせないインフラとなり、地域の日常に根づいてゆく過程を見守りたい。
    奨励賞の四点について、個別に述べる紙数がない。いずれも、デザインの完成度において発展の余地を残しつつも、土木デザインの成熟に向けて確実な貢献が認められる、あるいは、貴重な示唆を与える作品であると思う。記して敬意を伝えたい。
  • 石川 初
    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 教授
    土木の「デザイン」の役割と批評の切り口
    都心の歩行橋から山間部の河川護岸まで幅広い仕事が揃い、楽しく審査することができた。言うまでもないことだが、賞の選出にあたっては長く深い議論が交わされ、土木のデザインの評価にとどまらず、土木とはなにか、デザインとはなにか、といった本質的な問いが喚起された。
    デザインは問題解決を図る工学であるとともに審美的な意匠の提案であり、表現である。公共性の高い施設は、その意匠に多くの人からの支持が得られることが求められるために、しばしば共感を得やすい記号化された意匠が好まれる。記号化された意匠はその地域や場所の固有さと乖離する。しかしもちろん、より多くの人が気安く好感を抱くデザインを適用することが有効である場合もあるだろう。それは、そのプロジェクトにおけるデザインの役割がどこにあると考えるかによって異なる。つまり、何を狙ってどのように表現されたかである。
    今回、最優秀賞のプロジェクトのひとつ女川駅前シンボル空間/女川町震災復興事業と、奨励賞のトコトコダンダンとが、この点において特に対照的であった。トコトコダンダンは、都市河川の施設の性能を維持したまま、関係する込み入った事情をあくまでも公共の空地の「造形」に反映させ引き受ようとした。女川駅前シンボル空間は、海へのつながりという明快な主題に、きわめて真っ当な計画や素材や意匠が施された。いくつかの他の地域に見られる巨大な防潮堤とは異なるありかたを身をもって示した女川駅前シンボル空間のデザインに賞賛を惜しむ理由はないが、一方にトコトコダンダンが提示されたことによって土木デザイン批評の切り口のひとつを得ることができたと思う。そのほかのプロジェクトも議論に足るものばかりであった。応募された皆様、ありがとうございました。
  • 東 利恵
    東 環境・建築研究所 代表取締役
    土木デザインの大義
    今年度は審査委員三年目となり最後の年となった。当初は、ダムなど建築が専門の私には評価のしどころがわからず戸惑うところもあったが、専門家の委員の説明や意見を聞くことが勉強となり、また、同時に刺激的でもあった。一方では、建築的な色合いの濃い応募作や建築家が関わったものを期待しつつ、そういった応募作の建築的視点が建築家として他の委員に伝えられればと考えてきた。
    今年の奨励賞「佐賀城公園こころざしのもり」もそうだが、2017年の優秀賞の建築家が関わったものとして「福山市本通・船町商店街アーケード改修計画プロジェクト」はそう言った意味で、印象に強く残っている。
    毎年思うことは、土木デザインというのは長い年月をかけて国の風景を作り上げていく壮大なデザインの仕事であるということだ。建築は名建築であっても、三十年を超える頃にはかなりの確率で壊されていき、五十年、百年経つとどの程度が残っているのか。しかし、この賞の応募作のいくつかは、数十年以上経ってからの応募で、「アザメの瀬」(2017年最優秀賞)のように風景が完成するためには長い時間が必要な事業であったり、いつの間にかデザインという言葉さえ使われなくなるぐらい日常の風景になっていく道や橋、広場であったりする。個々の作品性ではなく、いずれ溶け込んでいくことすら厭わない土木デザインの精神に尊敬の念を抱かずにはいられない。
    建築家として、この賞の審査員の経験によって、このような土木デザインの精神に学ぶ機会をいただき、大変感謝をしている。
  • 萱場 祐一
    (国研)土木研究所 水環境研究グループ長
    令和元年、デザインにおける新しい視座
    台風19号の爪痕が各地に残り、連日災害現場からの報道を耳にしながらこの総評を書いている。発災から随分と時間が経つのに地方には災害支援も行き届いていないようだ。令和という時代が直面する様々な困難を予感させる。激甚災害だけではない、社会資本が一斉に老朽化し維持管理・更新が難しくなってきている。さらに、人口減少により持続的な地域経営にも不安が付きまとう。土木構造物、公共空間は国土の基盤を支える大切な要素である。このような時代が抱える困難さがデザインに大きな影響を与えることは必然であろう。全てではないかも知れないが、デザインにおける条件、制約はより厳しく、多くなり、技術者には高い志・見識・技量が一層求められる。また、地域を豊かにするデザインが困難な場合においては、条件や制約そのものを見直すことも必要になるかも知れない。
    受賞作品のいずれもが、空間の履歴や特徴を丁寧に捉え、人や自然、歴史、文化に対する深い配慮がデザインされていた。どれも修逸な作品ではあるが、最優秀賞の三作品には、時代が抱える様々な困難に向き合い、これを乗り越えたという輝きがあった。名賀川では制約が多い急流河川の災害復旧事業において魅力ある川づくりを実践し、地域活性化に貢献した。女川町では震災復興事業において存続できるまちづくりを目指し、これを実現した。花園通りでは人口減少下における地方都市の街路の在り方を見直し、賑わいを取り戻しつつある。いずれの作品も、デザインを通じて地域に勇気と活力を与え、そして、我々に対しても、これから直面する困難を乗り越えるための新しい視座を示したくれた。応募された関係者の皆様に改めて感謝したい。
  • 長町 志穂
    (株)LEM空間工房 代表取締役/
    京都造形芸術大学環境デザイン学科 客員教授
    活動を誘発する土木力
    人々の営みや活動を前提としたパブリックスペースのあり方が模索される今日、日本の多くのまちが、そのアップデートを必要としている。使いこなせる公園や水辺、歩きたくなる街路や橋梁、心地よさを感じる夜間景観、車中心から人中心となるには道路や都市の骨格そのものの見直しも必要となっており土木デザインの役割は一層高まっている。まちづくりへの市民参加があたりまえになりつつある今、公民連携で創出される都市デザインでの土木の知見や技術が試されているともいえる。
    そういった意味で、本年のすべての受賞作品は、人々の営みや活動を前提とし、そこに必要とされている環境形成を、基盤整備レベルから創り見直すことで実現しており、そこには関係者の強い意志と丁寧な協議、専門家の高い技術や創意工夫が発揮されている。
    防災のための土木が、海へのビューと新たな生業や観光地形成を同時に実現できている事実は、あたりまえの答えとは異なる彼岸を指し示し人々を勇気づけた。災害復興の河川が100年前からあったように風景になじむことや、自転車道整備と歩道拡幅が古い商店街に若さと未来の予感を生み出させた事実は、今後他の多くのまちの手本となるに違いない。
    行政・市民・専門家が強く連携しそれぞれの力を発揮すれば、日本の将来に希望を持てると信じられる作品が並び、喜びと安堵を感じると同時に、これらのようなプロジェクトが時代遅れの公共工事発注制度の中で、まだレアケースであることに苛立ちも覚える。既成の枠を超えたしくみづくりや専門家の共働によってもたらされた珠玉のメソッドを広く情報発信できることこそ土木デザイン賞の大きな価値ではないかと思う。
  • 丹羽 信弘
    中央復建コンサルタンツ(株) 構造系部門 技師長
    あたり前の土木をデザインで認知対象に
    土木ってインターネットのようだ。普段人々が何気なく当たり前のように便利に使っているのに、その実態や誰がどう考え作っているのか殆どの人は知らない。日常生活や社会経済活動に無くてはならない“インターネット”はソフトな社会基盤(インフラ)であり、“土木”はハードな社会基盤(インフラ)である。
    そのようなあたり前の土木のデザイン賞に応募いただいた社会基盤作品は、橋梁・河川・公園・広場・街路と、震災復興事業まちづくりといった広範囲なものから、橋梁といった単体構造物まで多岐にわたった。私は、朝、昼、夜と3度足を運んで、日差しや利用者が変わるその場に佇んで、そのもの自体が美しいか、風景の一部に溶け込み調和しているか、利用者にどのように使われているのか、の視点でじっくりと応募者からの資料を読み返しながら、作品に込められた想いに向き合った。
    土木・公共施設として、立地条件も様々で厳しい制約条件や困難な事柄に、エンジニアリングデザインのチカラでこれを読み解き解決し、素晴らしい公共空間、憩いの場、新たな風景や眺めとしての場を提供する作品達であった。
    今回の受賞作品は、インフラ整備への見本となる作品である。惜しくも受賞を逃した応募作品も、設計者が丹精込めてデザインされたものであり、誇るべき社会インフラである。それらは人々の暮らしを安全・快適・豊かにするものであり、わが国の社会・経済を支えている。ただ残念なことに世間の大半は、それらが土木の仕業であることを認識していない。このデザイン賞が夢のある土木、普段は表に出ない控えめな土木を、一歩世間に踏み出させ、少しでもその素晴らしさを人々に知っていただけることに役立つとともに、後に続く人たちの見本となれば嬉しい。
  • 八馬 智
    千葉工業大学創造工学部デザイン科学科 教授
    地域理解の手がかり
    今年から選考委員会のメンバーとして参加することになった。10年ほど前に幹事として本賞に関わっていたこともあり、選考の難しさや責任についてある程度理解していたつもりなので、悲壮感にも似た覚悟で臨んだ。ところが実際に夏から選考に取り組むと、応募作品の風景の先にある楽しさが遥かに勝っていた。どの作品においてもレベルの高い面白さが感じられるとともに、その意義を読み解くワクワク感が得られた。そして議論の過程では、目からうろこが落ちるような刺激がたくさん得られた。
    実見を含む選考では利用者の体験を念頭に置き、なにを乗り越えて、なにを支え、どのような価値を得ているかについて思いを巡らせた。それは、いかにして課題を解決したかというエンジニアリング面のアプローチだけでなく、いかにして創造的な問題や課題を設定したかというデザイン面のアプローチを評価することに他ならない。例えば、被災した土地で新たな街をどのような方向に導くか、災害への緊急対応で生まれる風景にどのような価値を与えるか、社会構造の変化に伴う街並みをどのような方向に導くか、時間の経過をどのように受け止めていくか、など。あらためて受賞作を振り返ってみると、選考の過程では作品ごとに評価軸にふさわしい抽象的かつ複合的な「ものさし」を探索していたように思う。それは作品を通じて地域を理解しようとする態度の現れだろう。
    そもそもインフラストラクチャーは、その地域に固有の課題に対する最適解を目指してカスタマイズされている。このため、その風景は結果的に「地域を映す鏡」になると言える。受賞対象となった作品はそれぞれ、地域の文化を支える基盤であることに加えて、地域の文化そのものになっていくことを強く期待している。