選考委員による総評

総評2018

  • 佐々木 葉
    早稲田大学創造理工学部社会環境工学科 教授
    景観・デザイン委員会 デザイン賞選考小委員会 委員長
    世界を変えていく力に
    今年度は23件もの応募をいただいた。この賞にチャレンジしてみようというエネルギーが随所にあることが伺え、とても嬉しい。記録に残る猛暑のなかの実見と、8時間に及ぶ最終選考の議論の結果、最優秀3件、優秀4件、奨励5件の計12件を授賞対象として選定するに至った。惜しくも選外となった作品含め、ご応募いただいた皆様と、運営支援にご協力いただいた協賛団体各位に、深く御礼申し上げる。
    委員長として選考に臨むのは3回目となるが、この賞の選考には多面的思考が要求されることを改めて実感する。応募者の特定する作品の範囲と関係者、さらにデザインの意図を踏まえて評価をするのだが、現地に立てば特定された範囲外の眺めが目に入り、列記されていない人や組織の影も想像される。それらを包み込みながら審査員は目の前にある対象と向き合い、結果をもちより、基本理念や評価の視点を踏まえながらも、一律にはとても定められない評価軸や基準を何通りも想定しながら議論する。鍛えられるのは毎回審査員である。選考を終えて心に残った論点を振り返ってみたい。

    見えるか見えないか
    これには二通りの意味がある。まずは、投入されたデザインの苦労や技術が直接見えないデザインの価値である。最優秀賞の道央自動車道や奨励賞の瀬下排水樋管及び石積み護岸と周辺施設群は、もしその工夫が行われなかったら、という空想と比較しない限り、その価値が見えづらい。訪れた人がストレスなく自然に使う、眺めることができるデザイン。これは土木のデザインの重要な価値だ。過去の授賞作品にも同様な例は多く、今後も積極的にアピールしていきたい。
    もう一つの意味とは、対象を見る視点場があるかないか。せっかく工夫されたのに視点場がなく、現場でその成果を容易に見ることができない。逆にあちこちに視点場があり、眺める楽しさを味わえることもある。優秀賞の三宝ジャンクションでは視点場がなく、奨励賞の夢翔大橋には多くの視点場があった。環境アセスをはじめ実務的な景観検討では、見られる頻度とデザインの密度を相関させて効率的に行おうとする。しかし地上に存在する以上、視点場の有無によらずきちんとデザインするという倫理観は、やはり土木のデザインに求めたい。その対象が映える周辺整備への種をまくという意味でも。

    やりきる環境の設定
    土木デザインの対象は単品であることはまずない。同じ事業主体のもとでも種類、設計者、施工者が異なり、長期に渡るなかで担当者は次々と入れ替わっていく。それを一気通貫してコントロールしていくことが、風景の質を支える鍵となる。すべての授賞作品では、大なり小なりその努力がなされている。わけても最優秀賞の津軽ダムと高速神奈川7号横浜北線では、多様かつ長期に渡るデザイン監理をやりきる環境が設定され、そこでの仕事の質がひときわ高かった。それが結果に現れているのだが、気になるはなぜそうした環境が成立したのかである。総事業費の大きさは理由の一つであろう。関係者の熱意も勿論あろう。しかしこの説明ではこれらを特例とするだけだ。他事例への連鎖が起きるような理屈を編み出したい。

    一石を投じる
    土木のデザインは二つと同じものはない。しかし常に規準のようなものがそのあり方を縛る。そこに一石を投じる作品にはやはり注目したい。美々津護岸では、防災事業として求められた護岸高さを段階的に整備するとして1.5m下げた高さで整備した。この意思決定は大きな一石を投じるものである。トコトコダンダンはデザインコンペによって設計者が選ばれた。コンペにするという仕掛けから完成までの一連の事業の進め方は、一石を投じている。このようにデザインとして成果が得られるためのプロセスの意味にフォーカスしたい。

    生き方が問われている
    デザイン賞は、素晴らしい仕事をしてくださった方々に表彰という形で感謝する場である。と同時に、授賞作品を世に示すことで、それらが良き先例となり、次の仕事の解への助けとなることを期待している。しかしより深く個々の作品を読み解くことで、なぜこの形が成立したのかを知り、土木の世界になんとなくある今のやりかたを変えていくエネルギーとしたい。それはつまり、私たち一人一人が、何を大切にし、どう生きていくかを問うことに他ならない。
  • 東 利恵
    東環境・建築研究所 代表取締役
    土木デザインから学ぶこと
    建築設計を生業としている者として、今年も土木デザインの領域の広さに驚きを感じた。道路、駅、駅周辺の開発、護岸、ダムなど、私たちが普段デザインされていると意識せずに利用している場所が、実はどれだけのエネルギーをかけて考えられているのかが新鮮だった。
    特に印象に残ったのは最優秀賞になった「道央自動車道」である。道路の構造物、橋脚や防護柵、照明灯などの物理的なデザインが強く主張をするのではなく、いかに美しい田園の風景を壊さないように、ルートや線形、高低差、樹木計画など詳細に考えられているかを知ることができ、土木デザインの重要性を感じることができた。風景となる土木デザインのあり方は、私的なデザイン論に走りやすい建築分野にとっても、本来もっとも考えるべきデザインの根幹を教えてくれている。
    また、一方では、駅や駅前開発に関連するプロジェクトの応募が多かったのが今年の特徴であった。その中で、いかに将来に向けての方向性をしめしているか、また、それが適切な範囲であるか、あるいはその思想が隅々までに行き届いているかどうかが賞の評価を分けたように思う。柏の葉アクアテラスの調整池のあり方の提案やすでに開発されていたグランモール公園の再整備など、人の居場所の質を高めるものが印象に残っている。
    今後、人口が減少する日本で、地方も都市部も縮小に向かう、あるいは集中に向かうという予想の中で、拡大を求めるのではなく、充実の方向を選択することが大切だと考えているが、そのためのヒントが今回もこの土木デザイン賞受賞作にたくさんあった。
  • 萱場 祐一
    (国研) 土木研究所 水環境研究グループ長
    新しい時代を拓く、メッセージ性の高い作品群に感銘
    社会インフラには国土の骨格となる大きなものから、地域の生活や防災を支える規模の小さいものまでスケールは様々である。また、その目的も利便性、快適性、防災・減災等と異なるだけでなく、整備される仕組みも一定の計画に基づき時間をかけて実施するものから、災害復旧のように時間的制約の中で実施するもの等バラエティーに富む。このように、スケール、目的、仕組みが異なる作品群をある評価軸で相対化することは簡単でない。しかし、選考の場の議論で感じたことは、社会インフラとしてのデザイン性に優れ、減点の余地があまりないこと、そして、機能を発揮するための構造とデザインとが融合していること、が優れた作品と評される最低条件だったような気がする。これらの点が評価の重要な視点であることは勿論だが、私が大切にした評価のポイント、それは、これからの時代を拓くデザイン性を有しているか、そして、それが後世の人々にとって参考になるか、であった。日本は本格的な人口縮小時代を迎え、社会インフラの維持管理・更新が大きな課題になっている。追い打ちをかけるように地震、風水害、土砂災害等が頻発し、社会インフラのデザイン性の担保が困難になる場面が増えてきている。社会背景が急速に変わりつつある今、デザインを巡る我々のチャレンジもより高い次元で捉えるべきかも知れない。今までとは異なる発想・アプローチで既存の考え、制度、仕組みを変えていく。このプロセスはその作品には明瞭には表れないかも知れないが、そこに隠された意味を読み解き、新しい時代を拓く作品と位置付けることの大切さ。そんなことを学んだ平成30年デザイン賞であった。応募された関係者の皆様に改めて感謝したい。
  • 忽那 裕樹
    株式会社E-DESIGN代表取締役
    立命館大学客員教授
    デザインの価値継承
    環境に関わるデザインは、地域の潜在的な資源を掘り起こし、新たな機能との融合により価値を見出していく行為である。また、生み出された価値を継承していくことも使命である。
    審査で選ばれた作品の多くは、このデザインによる価値継承を、デザインプロセスの中で、大胆に、丁寧に、時間をかけて実現したものであった。
    できない理由は、いわゆる縦割りや、年度ごとの予算、担当者の配置換えなどが挙げられよう。また、根本的にデザインの意思決定が曖昧で、共有できる方法が見いだせていない状況もある。
    そのような中で、地域環境と調和した道路、高速道路、ダムといった土木構造物の計画は、設計、施工、供用と長い年月を必要とする、にもかかわらず、デザイン賞に輝いたプロジェクトは、長い時間を経ながら価値継承がなされているのである。また、事前の再開発計画や行政発注のしくみの変更、地元同意に時間がかかっている場合もあり、計画との関係が見えにくいものもあるが、これらは、多くの関係者のたゆまぬ努力と議論の成果である。
    価値継承には、かたちのデザインと、しくみのデザインと、活動のデザインの同時展開が必要とされる。そのため、プロセス自体のしくみもデザインするという発想を、生み出し、視覚化し、共有してきたこと。それを信じて前に進んできた方々に、ここで改めて敬意を表したい。
    この価値継承を普遍化するには、設計者の選定方法、委員会等の運営、適正なコスト設定、市民参画の方法、官民協働時の権限と責任、などなど、まだまだ議論と実装の積み重ねが必要であろう。
    しかし、次世代への価値継承を場所のデザインを通して成就するという、苦労を伴う行為を楽しく共有できること。これを教えてくれたプロジェクトに感謝します。
  • 丹羽 信弘
    中央復建コンサルタンツ(株) 構造系部門 技師長
    土木デザインの力
    今年は6月の大阪北部の地震、7月の西日本豪雨、9月の北海道地震、21号等の台風と自然災害が多発した一年であった。これら観測史上最強クラスの自然の猛威にも、社会インフラが整備されていたことで、昔のような大きな被害を受けなかったのはこれら土木の仕業で、人知れず国民の生命・財産を守り、社会と日本の経済を支えていることを改めて実感した。
    私は、①実際に現場に立ってみての周囲とのバランスや収まり、②設計者のデザインした意図がキチンと出来上がっているか、③公共物としてユーザーである地域の人々は設計者のデザインをどう感じているのか、伝わっているのか、という視点で評価した。
    今回デザイン賞に応募いただいた作品は全部で23件、橋梁・ダム・建築といった構造物から道路・河川まで多岐にわたり、目に見える社会インフラをほぼ網羅している。すべて訪れることは出来なかったが、実見を担当した作品では時間の許す範囲で、昼間・夕方・夜と立ってみて、応募者が対象物に込めた想いに向き合い、どう私に訴えてくるのか真剣に観察すると同時に、普段なら行かない地域の老若男女の方にも話を聞いてみた。
    今回の受賞作品は、先の①②③を満足し、インフラ整備のお手本となる作品で、惜しくも受賞を逃した応募作品も、設計者が自信をもってデザインされたものであり、誇るべき社会インフラである。それらは人々の暮らしを安全・快適・豊かにするものであり、わが国の社会・経済を支えている。ただ残念なことに世間の大半は、それらが土木の仕業であることを認識していない。このデザイン賞が普段は表に出ない控えめな土木を、一歩世間に踏み出させ、少しでもその素晴らしさを人々に知っていただけることに役立てば嬉しい。
  • 森田 昌嗣
    九州大学大学院芸術工学研究院 教授
    土木のデザインをどう評価するか?
    土木は、人々の生活基盤形成や防災、利便性の向上のための公共施設による構築環境づくりを担っている。そして、文化的で豊かな構築環境の質を向上させ、人々の暮らしに親しみと誇りを持つことのできる美しい国づくりに資することが土木のデザインの役割といえる。日野啓三が「都市という新しい自然」の中で、人は荒涼としたカオスの「本来の自然」を「農村的自然(花鳥風月的田園風景)」に構築し、集住することで「都会(人々が群がり住む)」が生まれ、構造物や建造物が林立する鉱物による「都市」を構築し、人にとっては都市も自然となった、と述べている。土木は、まさに「本来の自然」から「都市という名の自然」までをつくりだした。道路や山間部の橋梁、ダム、河川などは、「本来の自然」に人工的秩序を与え共存するための土木デザインとなるため、構造物がいかに自然と美しく共生できているかが評価ポイントとなる。一方、都市内高架道路や構造物などは、まさに日野が言う鉱物化した荒涼な「都市」に魅力を感じる都会人にとっての「自然」である。そのため構造物そのものの美しい造形(全体像からディテールまで)に至るデザインが評価され、荒涼とした構築環境に潤いを与える自然要素の設えの巧みさも評価される。ヒューマンスケールの都市要素の駅舎、公園などは、建築やインテリアなどの空間デザインと同様に、人が主体となって人工物(緑化等も含んで)相互の関係のデザイン、関係の仕組みと造形表現の高質なバランス、が評価される。今回、設置環境やスケールの異なる作品を同列に評価することの難しさを痛感したが、自然との共存、構造物の美しさに高い評価が多くあったことは、土木デザインの一つの方向を示唆しているように思う。
  • 吉村 純一
    多摩美術大学環境デザイン学科 教授/
    設計組織プレイスメディアパートナー
    「この方法/デザインで進めていなかったら?」
    土木の仕事はおおかたの場合においてその規模は長大であることが多く、一度動きだしたら止まらない、ように思う。当然の事ながらそれに比例して永続性も求められる。この4年間、道路、ダム、河川、広場など様々な仕事に触れることができた。その上で毎回のように感じたのは「この方法/デザインで進めていなかったら?」という視点である。
    プロジェクトを進めるときには、様々な判断を、設計者/デザイナーのみに委ねる事は難しい。委員会において多くの時間と検討が加えられることは当然に思う。大きな方向性を間違えないようにするためには?そこでのデザイナーの役割は?実はその辺りに土木デザイン賞が大切にしているものが隠されているように思う。
    応募資料を手にし、日の目を見なかった検討案と実際に完成された仕事を比較できる時、「隠されている大切なもの」が見えてくる。一度失えば決して取り戻すことができないものをこの仕事で台無しにすることはないか?その場所に本当に作っても良いものかどうか?機能は充足しても、施工費は安くとも、施工期間は短くなっても、宝物を失ってしまっては元も子もない。
    設計において、様々な経験を結集させ、多くの時間を費やす事を惜しんではならない。しかし、何よりも重要なのは、「遠くに在るあるべき姿」が視えている我々が、宝を失うことなく、より輝かせたいという「強い意志」または「夢」を持ち続ける、ということである。
    それが土木やランドスケープデザインに関わる者の「風景に対する責任」とも言えるものではないだろうか?審査に当たった期間を通じて、たしかに、土木と我々のデザイン領域とはドップリと重なり合い、多くの面で同じ方向を視ている事がわかった。ありがとうございました。