選考委員による総評

総評2017

  • 佐々木 葉
    早稲田大学創造理工学部社会環境工学科 教授
    景観・デザイン委員会 デザイン賞選考小委員会 委員長
    無数の人々と生き物のハッピーライフのために
    昨年にひきつづき多数の応募をいただいた。応募総数21件から最終的に13作品が授賞となった。現地審査後の2次選考会は今年も悠に8時間を超え、活発な議論が展開された。それも対象作品が多かったが故である。惜しくも選外となったものも含め、応募いただいた方々にまずもって感謝申しあげる。また北へ南への現地審査の経費など、賞の運営支援にご協力いただいた協賛団体各位にも御礼申し上げる。
    今年度の審査では、デザインの評価軸あるいは評価の土俵の見極めが議論となった。「土木のデザイン賞は異種格闘技」とは、何代か前の審査委員長の言葉と記憶するが、同じリングに乗せてという以前に、そもそも戦いの土俵が等しくない。あるいはすでに評価されている作品を「土木のデザイン」としてどう捉えるか。こうした議論が、また一歩「土木の」、あるいは「デザインの」概念を豊かにしていく。以下に今年の選考から浮かび上がってきた論点を振り返ってみたい。

    前提条件へのチャレンジ
    デザインはある設計条件の下での創造性として現れる。しかしその条件自体を転換することで、通常では達成できない優れたかたちが創造される。最優秀賞のアザメの瀬と内海ダムがその代表である。治水上必要な高さの堤防を築けば、この場所はどうなるのか。必要とされる規模のダム堤体をここに挿入すれば、その見え方はどうなるのか。初期条件の下での解は、たとえそこで最大限工夫したとしても、優れた環境や風景の創造には至らない。ならば条件そのものを変えるチャレンジをしよう。新たな条件の下で、求められる性能を満たす解を見つけよう。このアプローチは、新たな技術的検討と周囲の説得を必然的に要する。その壁を乗り越え、諦めない努力が続いた結果、見事な解へ到達した。しかもその結果は驚くほどに自然である。この仕事を成し遂げるのに要した苦労は、背景を知る人にしか感じられない。それは到達した解の有する高次の合理性による。土木デザインの原点と思う。

    定石を諦めずに丁寧に
    人の歩く道、人の作る形の構成。何千年前からその原理原則はそう変わらない。古典的な事例に蓄積されてきたデザインの知恵は、現代の空間や構造物にも必要である。しかしデザインの定石を素直に適用することは、実に難しい。それを諦めず、丁寧に、どこまでもやり抜くこと。その場所への適用のかたちを洗練させていくこと。その結果は、規模の大小によらずデザインのある到達点に至る。神門通り、新佐奈川橋、西仲橋、嘉瀬川ダムは古典に則った優れたかたちをつくりだした。このアプローチは常に公共空間の、土木構造物の規範となりえる。奨励賞となった作品もその定石を外していない。

    「こと」と「意識」への投石
    上記の2つのアプローチが、自然の摂理、人の行動の秩序、これらを基本にロングライフな新たな人工環境を作っていくものであるとすれは、空間にある波紋を落とし、出来事や意識に新たな刺激となる要素を生み出していく。そうした力もデザインは有する。十勝千年の森、グランルーフ、とおり町Street Gardenはこうした価値から評価されたといえよう。それぞれの場所に独創的な形が挿入されることで、空間が蘇生し、人々にメッセージを投げかける。そこに生まれるエモーショナルな何かが、次の何かに繋がっていく。これも環境デザインに必要な力である。他の授賞作品にもこうした成果を結果的に見出すことができる。

    デザインは結果がすべて
    今年の議論からはこうしたデザインのアプローチを学んだように思う。加えて、デザインは結果がすべてであるという、残酷な事実を認めざるをえないことも。2名以上が現地を確認するとはいえ、それはやはりその時限りの状態を見ての評価となる。それはまたデザイナーの手を離れた後の変化が加わった状態でもある。しかし、デザインはやはり体験した人、時の評価の集積でしかない。説明なしに人の心に響くか否かで評価される。已む無く選外とした作品を前に我々審査委員が再認した現実である。
    このように今年もまた、審査を通じて多くのことを学んだ。応募作品に注がれた膨大なエネルギーと審査に費やされたエネルギーとが、土木デザインを進め、広げ、無数の人々と生き物のハッピーライフにつながっていくと信じている。
  • 東 利恵
    東環境・建築研究所
    土木デザインの醍醐味
    今回、初めて土木デザイン賞の審査を行った。建築家として建築の賞審査経験はあるが、「土木」という分野は初めての経験でとても新鮮で刺激的であった。
    一番の驚きは、時間に対する考え方の違いだった。建築は長くても数十年単位でデザインを考えるが、土木の世界はどうも一桁は違う時間軸で考えるらしい。だから、応募作品を見ても、今年や去年出来上がったものよりも5年前、10年前に竣工したものの方が説得力を持つ。考えてみれば、ダムや橋が建築の寿命と同じ速さで使い捨てされていいはずがない。メンテナンスを極力減らし、将来のリスクを減らし、長く存在し続けなければならない。
    だからこそ、長く使われる土木の「デザイン」の価値は社会に長く大きく影響するはずであり、高く評価されるべきなのだ。50年後、100年後にも存在するものであるからこそ、時代の傾向にとらわれず、どの時代にも美しくあるものが必要なのだろう。建築の私たちには思いもつかないその時間に耐える土木デザインの面白さを応募者には是非語ってもらいたい。
    もう一つの驚きは、「もの」をデザインするだけではなく、ときには「形」のないものをデザインするということだった。最優秀作品の「アザメの瀬 湿地の転生」を見たときには「建築」という「もの」をデザインする私にとって、どこをデザインしたのかとてもわかりにくい作品だった。しかし、その内容や思想、時間を通しての変化を見ると、景観をデザインするということの究極はこういうことなのかと思った。人の考えるデザインを形として作るのではなく、自然が自然として成立するために人間が関わることで誘導する、これも土木デザインならでは醍醐味なのだろう。
  • 忽那 裕樹
    株式会社E-DESIGN代表取締役
    立命館大学客員教授
    時間をかけて関わる
    審査での議論、実見で、改めて時間をかけて環境に関わる大切さを実感できた。自然の営為とじっくり向き合い、急がす、関わる視点を探りながら、長年に渡って、その環境と対話をしていく姿勢である。環境の改変に対してゆっくりと答えをだし、失敗を恐れずチャレンジして、ダメならもう一回ゆっくり考えて、また、関わりつづけて、そこから新たな発見をして、再チャレンジする、というようなサイクルが、素晴らしい風景を生み出しているということに気づかされたのである。自然環境へのアプローチだけではなく、まちづくりにおける人々の関わり方にも同様のことが言えよう。近年の地方再生に目を転じても、結果を焦ってカンフル剤注入のような試みを散見する。時間がかかって状況が変化したものは、時間をかけてもう一度再生する姿勢が望まれるところである。これは、土木デザインが示唆を与えることができる視点ではないだろうか。
    今回評価された作品の多くが、この時間と、人の関わり、そして、自然の力をゆっくり生み出そうとして、計画、実行されたものだったのではなかったか。短時間で建設されたものも、その後、時間をかけて育んでいく考え方が包含されていたし、今回の審査では、時間をかけて実際に育まれてきたものが、高く評価されたのである。
    また、生み出された環境をどのように次世代に継承し、多くの人々が関わり続けていけるのかを、仕組みづくりからデザインしようとするものが多くみられた。形のデザイン、仕組みのデザイン、そして、暮らしのあり方も含めたプログラムのデザインを、多くの関係者で議論し新しく生み出していこうとするプロジェクトに可能性の高さを感じた審査会であった。
  • 髙楊 裕幸
    大日本コンサルタント株式会社
    関東支社 統括部長
    作品の背景を知りたい
    土木作品の評価は、写真や説明書だけでは行えない。現場に出向き、あらゆる利用者の視点で対象を確認し、空間や使われ方を体験しなければ自信が持てない。また、季節や時間、天候や場の雰囲気によっても印象は変わる。この部分は、評価する側の経験や感性で埋めるしかない。短い期間で複数作品の視察時間を確保するのは大変であったが、充実した楽しい時間と良き仲間を得た。感謝。
    今年の審査に際して考えたことは、“デザイン評価は、視察段階の姿を切り取って行うことでよいか?”であった。例えば「とおり町 Street Garden」では、街に活気を呼び込んだ取り組みとその成果は大いに評価するが、その手段である植栽やワイヤーロープの“永続性を心配する”必要はないか。或いは手段は変化しつつも賑わいが継続する場合、“授賞は作品ではなく取り組みに対して、時を経て与える”方が相応しくないか。例えば「内海ダム」では、半世紀以上ロックフィルダムの落ち着いた姿に慣れた近隣住民にとって、新たなコンクリートダムはいずれも巨大に感じると言った“過去との比較”は無視できるのか。或いは2/3範囲に盛土がなかった場合の姿を想定し比べれば、明らかに現在の姿が良いであろうと言う“たらればとの比較”を行ってもよいのか。例えば、いつか「西仲橋」のデザインレベルが都市のど真ん中の小規模橋梁で実現し易くなれば、さぞ美しい都市になると思う“私の期待”を評価に込めていないか、等々。
    今回私は、地域の歴史や文化、時間情報や事業経緯、関係者の思いなど、作品の背景情報を出来るだけ収集した上で、冷静に「現在の姿」を評価した。今回で評価任務を終了するが、土木作品に出合う旅は今後も続ける。気楽な批評の旅になるだろう。
  • 森田 昌嗣
    九州大学大学院芸術工学研究院 教授
    調和「秩序化」と魅力「個性化」による関係のデザイン
    パブリックデザインの立場からはじめて土木学会デザイン賞の選考を担当した。選考にあたっては、土木学会デザイン賞の「技術と造形が調和したデザイン」等の5つの評価の視点を踏まえ、パブリックデザインの考え方に基づいて進めた。パブリックデザインは、公的環境における「ひと」と「ば」、「もの」、「こと」の魅力的で最適な“関係をデザインする”実践的方法と位置づけている。その方法としては、大きくは公的環境の秩序化と個性化の二つの方法を検討することが必要である。秩序化は、例えば街路に無秩序に設置された諸要素を整理するなど調和のデザインである。個性化は、街路の環境特性にあった性格づけを行い、その性格づけから必要とされる要素を選び出し、要素相互の協調したまとまりのある魅力のデザインとなる。つまりパブリックデザインは、公的環境の特性を読み取り、最適な関係をデザインするための秩序化(調和)と個性化(魅力)の方法のより良いバランスによって新たな環境を創ることである。受賞作から例をあげると、最優秀賞の「神門通り」は、出雲大社への参道の諸要素を細かなディテールまで配慮してシーケンシャルに整え(秩序化)、街路樹や沿道建物等と呼応した舗装のリズムや独自の街路灯などが通りの個性を与え、歩きたくなる参道となっている。優秀賞の「福山市本通・船町商店街プロジェクト」は、老朽化した商店街アーケードを撤去しながらも(秩序化)、商店街の連続性をワイヤーによる天蓋と店先に設えた植栽によって個性的な心地よい通りを創出している。受賞作の多くは、調和「秩序化」と魅力「個性化」のバランス良い関係のデザインによって印象深い土木の風景に結びついている。
  • 吉村 伸一
    株式会社 吉村伸一流域計画室 代表取締役
    関係性のデザイン
    今回の選考を通して感じたことの一つは、自然と人間の関係性のデザインということである。最優秀賞の十勝千年の森。環境との対話を通して不必要なものを取り除き自然の力を引き出す「引き算のデザイン」と、次の千年を見据えてゆっくり進めていくスローデザインプロセス。同じく最優秀賞のアザメの瀬。千年前の氾濫原の姿を念頭に、人間のためにつくった水田を川に返す。いずれも、環境の時代に考えるべき一つの方向性を示唆している。理念だけではなく具体の形・動きにしているところが深い。
    もう一つは、人と人の関係性のデザイン。地域の歴史を踏まえて魅力や価値を引き出し、人の生き生きとした活動を生み出すデザインプロセスである。最優秀賞の神門通り。デザインの質が高いことは言うまでもない。しかし、その背景には、デザインの全ての段階で住民参加を組み込んだプロセスがある。徹底した住民参加によって、衰退し元気のなかった地域にやる気が生まれる。優秀賞の福山市本通・船町商店街アーケード改修プロジェクト。ワイヤーアーケードという前例のない空間は斬新だ。百店舗の商店主をとりまとめての合意形成。外部から専門家を招聘せず、地元を愛する福山生まれの人々で進めた事業。こうした取り組みによって、「緑あふれる樹木の下で歩く喜びを感じられる公園的ストリート」が実現し、様々な新しい取り組みがなされるようになった。最優秀賞内海ダムの10年以上にわたるデザインマネジメント。これもすごい。人と人の関係性のデザインというか、参加と合意形成のプロセスデザインが極めて重要だと感じた。
    小さいながらも生活に根ざしたヒューマンな作品は好きだ。優秀賞の西仲橋、奨励賞の神田川ふれあい広場。どちらも、ほのぼのとしたいい空間である。
  • 吉村 純一
    多摩美術大学環境デザイン学科 教授
    設計組織プレイスメディアパートナー
    「土木とランドスケープと」
    今期で3期目となる。ランドスケープアーキテクトである私が仕事を進める上で常に大切にしている「協働」、「場所性」、「ストラクチャリング」、「高品位なディテール」、「ネイチャーファースト」の5つの視点からそれぞれの仕事を評価した。
    「協働」に関しては、委員会などでの土木の多くの関係者の顔ぶれを想像すると協働無くしては成り立たない。また、現場での施工者との協働も不可欠であろう。図面だけでは意思の伝達は不可能と言ってよい。今年の仕事をみると素材の扱いや端部の納まりなど、坂本宿や神門通りに我々と同様のこだわりを感じた。
    「場所性」では、地歴を読み解きながら、その場所にしか立ち現れない風景づくりを目指している点で、上記2つの仕事では大いに感ずるところがあった。
    「ストラクチャリング」/造り出したモノが風景の中で大きな骨格になるように周りに与える影響について考える姿勢/においては、常に地域の環境構造を対象としている土木の仕事は、「アザメの瀬」を筆頭に応募作品いずれもが素晴らしい力を魅せてくれていた。
    「高品位なディテール」はどれだけ効果的にデザインを投入するかが最も肝要である。坂本宿における素材のあつかいは限られた予算の中での素材の選択と納まりに品位を感じた。
    「ネイチャーファースト」においては、新佐奈川橋の地形改変を最小限にとどめ自然環境保護のために採用した土留め工法、また、十勝千年の森での、自然の営力を引き出し、人と自然との接点を顕現させた仕事は、まさにネイチャーファーストそのものの仕事である。
    こうして俯瞰してみると我々が常に目指している高みは、土木デザインのそれと多くを一にしているように感じる。