選考結果について

優秀賞

熊本城特別見学通路Kumamoto Castle Reconstruction Observation Path

熊本県 熊本市 中央区 本丸地内
その他(屋外見学通路、事務所、便所)

2016年4月の熊本地震により熊本城は甚大な被害を受け、熊本城の復旧工事完了までは約20年の時間が必要となった。本計画は、まちのシンボルである熊本城の復旧工事をクローズしたまま行うのではなく、被災した城内で文化財の復旧過程をリアルに見る事が出来る「開かれた復旧工事」を実現させる建築の計画である。この建築は、熊本城の復旧を見届ける20年間のみ存在する仮設の空中歩廊である。
この建築を実現させるには、特別史跡内の厳しい制限をクリアし、熊本城の景観と調和した「環境に寄り添った建築」の設計を行う必要があった。敷地の地中及び地表には多くの遺構が確認されており、地面堀削や樹木伐根は不可で杭を打つ事も出来ないため、コンクリートの置き基礎とし遺構に配慮した計画とした。また、石垣の崩落が想定される範囲を考慮し、崩落危険エリアには構造フレームを設けないことで安全性を担保した。計画地は他の継続的な復旧工事が続くため、必要高さを確保した工事車両動線と見学通路を立体交差させることで工事と安全な見学空間の両立をさせている。設計者は、長年にわたり熊本城の四季を彩ってきた樹木は極力残したいと考え、設計3Dモデルと3D測量データを使った設計・施工検討を行うことで、最小限の伐採で済む見学ルート設定と施工計画を実現させた。
景観配慮については、この場所に馴染みやすいよう床板および根太は熊本県産材の桧を使用し、構造の軽量化にも役立てた。架構は三角形のラチスフレームで薄くかつ透過性の高い構造設計を行った。欄干部はメッシュを組み合わせ、景色を透過する白屏風の様なデザインとし、置き基礎は杉板化粧を施すことで主張しすぎない環境と一体となった佇まいを目指した。
これらの特殊な敷地条件と設計思想をもとに、針の穴を縫うように空間を繋ぎ合わせて行く作業を繰り返すことで、全長350m、高低差21mの一筆書きの柔らかな弧を描いた見学通路が出来上がった。

《主な関係者》
○塚川 譲(株式会社日本設計 九州支社)/設計~工事監理(建築意匠)
○堀 駿(株式会社日本設計 九州支社 構造設計群)/設計~工事監理(構造)
《主な関係組織》
○熊本市 文化市民局 熊本城総合事務所/事業主体者
○安藤・間・武末・勝本建設工事共同企業体/施工管理
○宮地エンジニアリング株式会社/鉄骨工事(鉄骨建て方工事、鍛冶工事、現場溶接工事)
○KHファシリテック株式会社/鉄骨工事(工場製作工事)
○株式会社アリモト工業/木工事一式
○株式会社日本設計 プロジェクトデザイン群/熊本城復旧基本計画策定支援
《設計期間》
2018年3月~2019年1月
《施工期間》
2019年3月~2020年3月
《事業費》
総工費 1,717,682,438円
《事業概要》
規模
 敷地面積 423,477.31m2
 建築面積 927.42m2
 延床面積 219.70m2
 地上1階 219.70m2
 建蔽率 3.61%(許容:60%)
 容積率 5.35%(許容:200%)
 階数 地上1階 
寸法
 最高高 19.93mm
 軒高 19.48mm
 階高 事務所室:4150mm
 天井高 事務所室:2400mm
 主なスパン 4000mm×4000mm
敷地条件
 地域地区 第二種住居地域 法22条区域 都市計画公園 特別史跡
構造
 主体構造 S造 一部SRC造、杭・基礎 RC造置き基礎
《事業者》
熊本市
《設計者》
株式会社 日本設計 九州支社
《施工者》
安藤・間・武末・勝本建設工事共同企業体

講評

2016年熊本地震によって傷ついた熊本城の、復興工事の作業動線を邪魔しない見学通路の構築が、求められた機能である。実現した歩行空間は、木々の合間を縫う気持ちの良いバリアフリー動線で、求められた機能を満足した上で、さらに城郭見学の新たな価値を示していた。
既存木を避けるように動線は屈曲するが、その状況を城郭見学の視点場の多様さを際立たせるように活用する平面、縦断含めた線形計画にプロフェッションの確かな技を染みこませ、木デッキを支える構造やエレベーター上屋の壁面等への、構造寸法の調整、色彩選択、抑制の効いた装飾性の付加にも丁寧な仕事の痕跡を感じた。
工事動線と既存木を避けながら、ポイントとなる視対象を気持ちよく注視したり、デッキ故に実現した熊本市街地への開けた眺望の提供も漏らさず、結構な高低差を処理するパズルを解くような設計作業であったと推測するが、現場実見では、その苦労を感じることなくスムースに見学が出来、良い仕事をされたなと感じた次第。
復興工事終了後は撤去される構造物であるが、ここで示された可能性を今後どう展開するのか、新たな価値創造へ向けた問いをも設定したすばらしい仮設構造物に敬意を表し、優秀賞としました。(松井)

熊本地震で被災した熊本城の姿は痛々しい。天守閣や長塀は復旧したとは言え、完全復旧までにはまだ15年もの歳月を要するのだと言う。その間、ただ工事現場にしてしまうのではなく、むしろこの期間だからこそできる熊本城との出会い方がデザインされているのがこの熊本城特別見学通路だ。
特に従来では獲得できなかったブリッジ上からの熊本城への視線、つまり間近に石積みを見ることができたり、空中から俯瞰するように城内を臨むことができたりする視点は、復旧現場の臨場感が伝わるだけでなく、むしろより詳細な城の観察を促し、新しい熊本城の魅力を発見することにもつながっている。
城内に数多くある遺構や樹木を傷めないよう小さな部材で計画された構造計画は、色彩計画とも相俟って軽やかにできており、景観としても城の魅力を阻害しないものとなっている。欲を言えば、ブリッジから下方への視線や子供の目線を遮らないよう手摺のメッシュにもう少し配慮があっても良かったと思う面もあるが、仮設として取り壊すには惜しいほどに新しい観光の可能性を提示してくれている。
復興とは、単にゴールだけでなくそのプロセスにも大きな価値があることをこの計画は体現している。(千葉)